「蘭、カレン。朝の儀式をしなきゃいけないから、ちょっと待ってて」
 サクラが言うと。
 シュロさんの前に、サクラとクリスさん、渚くんが横に並んだ。

 何が始まるんだろうと見ていると。
「シュロはな、まず説明から始まるんだよ」
 蘭が教えてくれた。
「説明?」
「ああ、昨日の記憶がないだろ? 混乱しちゃうからさ。簡潔に今の状況を説明しなきゃいけないんだけど。それがすぐに理解してくれる日と、まったく理解してくれない日があるから」
 蘭はシュロさんから目をそらしてこっちを見る。
 疲れた表情で、こっちを見てきた。

 サクラたちがシュロさん相手に話している中、
 急に蘭と向き合って話すことに緊張する。
 夫婦だというのに、どうしてこんなに…この男に緊張しなきゃいけないんだろう。

 心臓がバクバクしながら、
 何を話していいのか言葉が浮かばない。
「カレンがクリスと話しているとさ・・・」
「えっ」
 急に話し出すので、驚く。
「カレンがクリスと話しているのを見るとムカつくんだよ」
「…え?」
「渚やサクラやシュロと話しているときは全然、ムカつかないのに。クリスと話しているのだけはムカつく」
 碧い目でこっちを見つめてくる。
 そんなこと言われても…

 蘭はどんなに疲れていても、キラキラとしたカッコ良さを出している。
 今だってそうだ。
 急に泣きそうになった。
「本当は、迎えに行くつもりだった」
「え?」
 さっきから、自分が「え」としか言っていないのに腹が立つ。
 でも、言葉が浮かばない。
「おまえの施設まで迎えに行くつもりだった。本当に迎えに行くのは俺だったんだ」
「…うん」
「俺の見た目は目立つからっていう理由で、行けなかったんだ」
 悔しそうに言う蘭を見ていると本当なのだろうと思った。
 海の一族というのが珍しい上に、蘭の瞳の色は更に珍しい。
 スペンサー伯爵としての蘭が、一人うろつくわけにもいかないのだろう。

「…蘭といるとね」
 ようやく言葉を発せられるようになる。
 蘭の背後では、サクラたちが懸命にシュロさんに対して説明している。
 シュロさんは口をぽかんと開けて、話を聞いている。
「蘭と一緒にいると…(つか)みたくなる」
「どういう意味だ?」
 蘭が睨んできたので、自分でも何を言っているのだろうと顔に血がのぼるのを感じた。
「何でもない」
 腕をつかみたい。
 手を握ってみたい。
 …はしたない女だと思われるよね。

 黙って蘭と見つめ合っていると。
「蘭が結婚したのか!?」
 と驚く声が聴こえた。
 シュロさんが立ち上がると、蘭のもとへ駆け寄ってくる。
「いつのまに結婚したんだよ」
 嬉しそうにシュロさんが言った。
 シュロさんが私を見る。
 あ、いつもの流れだなと構える。
 初めましてから始まり、顔の痣のことを言われ。
 サクラが「女の子に向かってそんなこと言わない!」とシュロさんを注意するお決まりのパターン。

 じっと、シュロさんは私の顔を見る。
 だが、驚くこともなくニコニコしたまま私を見ている。
「これからも蘭のことをよろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げるシュロさんに、「あれ?」と首を傾げてしまう。