「クララ、起きて」
 急に、野太い男性の声が頭上に響いた。
 驚きすぎて「ぎゃあ」とベッドの上から飛び跳ねると。
「静かに」
 と言って、口を押さえつけられる。
 見上げるとライト先生が立っているので、「なんで?」と凝視した。
 まだ外は暗い。
 寝坊はしてないはず…。

「出かけるから、支度して」
「え?」
 そっと、ライト先生の手が私の口から離れる。
 薄暗いながらも、ライト先生は、ニヤリと笑っているのが見える。
「君が望んでいる人が迎えに来たんだ」
「本当に?」
 寝ぼけているのだろうか。
 もう一年経って、何の連絡もなかったのに。
 こんないきなり?
「僕は外で待っているから、5分で支度して」
「え、またここに戻ってきますよね?」
 私の言葉に、ライト先生は鋭い目つきで睨んだ。
「静かに支度して」
 それだけ言うと、ライト先生は出て行ってしまう。

 訳がわからないながらも。
 ライト先生の表情が怖かったので。
 静かに着替えて、必要なものだけをカバンに詰め込んで。
 そっと部屋から出る。
 置手紙でも書く時間があればいいのに、5分じゃ無理だ。

 ライト先生の部屋からは外に出ることが出来る。
 急患や村の人達が突然来ても、そこから出入りが出来るようにドアを作ったのだ。
 ライト先生の部屋にそっと入って。
 外に通じるドアを開ける。
 夜中に出歩くことがないので、ドアを開けた瞬間、あまりの寒さに震えあがった。
「こっち」
 暗闇にまぎれてライト先生が立っていたのに気づかず。
 声をかけられると、また「きゃあ」と悲鳴をあげそうになった。
 必死でこらえて、ライト先生の後ろについていく。

 5分ほど歩くと、ライト先生がいつも使用している車があった。
 いつもならば、建物の目の前に停めてあるはずなのに。
「車の音で皆、起きちゃうでしょう」
 私の考えを読み取ったかのように、ライト先生が言った。
 車に乗り込むと。
 ライト先生はすぐに車を発進させる。
「あの施設には、後で手紙を出せばいいさ」
「…あの、蘭が迎えに来てるんですか?」
 こわごわ質問するけど、ライト先生は何も答えない。
 暗闇をただ、まっすぐに進んでいくライト先生の横顔をぼんやりと眺めることしか出来なかった。