アズマは少しだけ、考えたそぶりをすると、上を向いた。
「我が(あるじ)がスペンサー家の養子であることはご存知ですよね? 蘭様は10歳のときに養子になられまして、それまでに何度か義母である奥様が蘭様を抱きしめたのですが。そのたびに蘭様は蕁麻疹が出たり、嘔吐したり、高熱をだしたり、先程申し上げました通り失神を繰り返していました」
 クリスは、だんだん本当の話ではないかと思いかけてきた。
 隣に座っているサクラも同じなのであろう。
 そもそも、嘘をついて何になるというのだ?

「蘭様がスペンサー家の養子になる際、呪いをかけられたのです。それまでの蘭様は、本当の母親と国中を転々としながら女の子として育てられました」
「女の子? 蘭って本当は女の子なのか?」
 シュロの一言にアズマは「いいえ」と首を振る。
「蘭様の本当のご両親が影響しているのです。蘭様の実の父親は、とある伯爵。実の母親は海の一族の方でした」
 アズマの一言に、渚は「やっぱり」と言った。
 蘭と渚は見た目が似ているとよく言われる。
 海の一族の血が入っていたからだ。

「伯爵である父親とお母様は結婚はしていません。伯爵には奥様がいまして、蘭様のお母様は愛人という立場でした」
 急な重たい内容の話に一同は気持ちを沈ませる。
「この伯爵という方は非常に女癖の悪い方でして。奥様がいるのにも関わらず、あらゆる所で女を作り子供を生ませていたのです」
 アズマの言葉にサクラは小さく「サイテー」と言った。
 クリスもそうだと思った。
「伯爵の奥様は忍耐強い方でした。ですが、堪忍袋の緒が切れたのです。奥様は伯爵の愛人とその子供全員を皆殺しにする計画を立てたそうです」

「みな…ごろし?」

 渚は口を抑えて呟いた。
 貴族の世界は常にドロドロしているという話を耳にしたことはあるが、
 実際にあることなんだとクリスは青ざめる。
「率先して殺されるのは男の子供がいる愛人たちです。それは、跡取り候補として地位を奪われるのではないかと奥様が危惧したからです。次に女の子のいる愛人たち。そして、子供のいない愛人たち…」
 淡々と喋るアズマの言葉に、渚はシクシクと泣き出した。
「蘭様のお母様はちょうど、蘭様をお腹に宿しておられました。話を聞きつけたお母様は、国中を逃げ回りながら生活することを選択しました」
「……」
 クリスが黙ってサクラの顔を見ると、サクラの目には涙が浮かんでいる。
 シュロは、顔色を変えず黙って話を聞いている。
「生まれた蘭様を女として育てたのは、見つかっても跡取り候補ではないとアピールできる為。国中を逃げ回って10年が経ったそうです。ですが、ついに本妻である奥様にお母様と蘭様の正体が見つかってしまったのです」
「10年も経てば、さすがに時効じゃないの?」
 サクラが鼻声で言うと、アズマは、ふぅと息を吐きだした。
「そうですね。時効だと思います。ですが、奥様は地位を奪われることを極端に恐れていました。ですから、提案なさったのです」
「提案?」
「ええ。蘭様のお母様を国から永久追放し、蘭様をスペンサー家の養子として育てるということです」

 クリスは頭が痛くなった。
 正直、蘭の過去がそこまで重たいものだとは思っていなかったのだ。
 母親と別れるだなんてそんな悲しいことがあろうものか…。
「お別れの日、力いっぱいお母様に抱きしめられた蘭様はその日のうちに呪いをかけられたそうです。お母様と別れ、養母であるスペンサー夫人に触れられ、失神したのが始まりでした…」

 アズマは再び、皆の前で頭を下げる。

「今頃になって、皆様にこのような重大な秘密を打ち明けることを申し訳なく思います。決して、蘭様はクリス様もサクラ様のことも嫌いで避けているわけではないのです」

「…呪いも色々なのがあるのね」
 ぽつりと呟いたサクラの一言に。
 クリスは黙ってうなずくことしか出来なかった。