香梨奈さんは打たれた痛みと恐怖がじわじわと湧いてきたのか、表情に怯えの色がにじみ出ていた。

「っ、ひっ……やだぁ!」

 あれだけ強気だった香梨奈さんとは思えないほどの弱々しい悲鳴に、見ているこっちまで辛くなる。


 あたしのことを憎んでいるという香梨奈さん。
 しのぶを人質に取って、ナイフを当てた酷い人。

 でも、震えながら涙を零す彼女を見て……ざまあみろとは思えなかった。


「ぃや……いやぁ!」

 殴られるのが怖くて震えて。
 でも無理やりな状況に抵抗を見せる香梨奈さん。

「あたしはただ、一番になりたかっただけなのに……っ」

 泣きながら小さく叫ぶ様子は胸を締め付けられるくらい可哀想で……。


 あたしは、彼女がどんな人生を歩んでそこまで一番にこだわるのかを知らない。

 理不尽な憎しみを向けてきたり、人質を取ったりするような人だ。
 同情する必要があるとも思えない。

 ……でも、子供のように泣きじゃくる彼女を見て。
 悲しそうに何かをひたすら求める目を見て。

 放っておけるわけがなかった。


「止めて!」

 気付いたら、そんな声を上げていた。

「ああん? なんだよ美来。こいつはお前の大事なオトモダチってわけじゃねぇだろ?」

 良いじゃねぇか、と不満の声を上げる黒髪の男。