もしかしたら、「想い合う」という言葉は、

この二人のためにあるのではないだろうか?

柄にもなく、そんなことを考えていると、

さっきまでとは少し違う、静かな声が返っ

てきた。

「普通の恋人と、何ひとつ変わらないで

すよ。弥凪も、羽柴さんも」

隣を見やる。彼女も、広くなったレジャー

シートの上で両膝を抱え、次第に小さくなっ

てゆく背中を眺めている。風に透き通って

しまいそうな横顔には、僅かだが少女の

ような幼さが残っていた。

「……そう、だよな。何も変わらないよな」

息を吐くようにそう言って、頷く。

普通の恋人たちと変わらない。そう言い切れる

のは、彼女が音のない世界を生きる親友と、

多くの時間を過ごしてきたからなのだろう。

一語一句漏らすことなく俺たちの言葉を拾い、

彼女に伝える様子は、見ているだけで胸が

熱くなるものがあった。

ふと、俺はあることが気になって彼女に訊いた。

それは、事業所で市原さんと顔を合わせるよう

になってから、ずっと、気になっていたこと

だった。

「あのさ、ちょっと訊いていいかな?」

「………?」

声もなく、彼女は小首を傾げ、笑みを向ける。

俺は少し慎重に言葉を選びながら、言った。

「普通さ、聴力障がいがあっても、みんな

少しは声を発したり、言葉を口にしたりする

もんなんだけど、彼女、市原さんはまったく

声を出さないんだよね。もしかして、何か

トラウマでもあるのかなぁ、と、思ってさ」

いままで、事業所で接してきた聴覚障がい

者の人たちは、筆談以外で手話が出来ない

指導員を相手にするとき、口の動きを読み

ながら、時には声を発することもあった。

その言葉は、口の中に風船が入っている

ような、舌足らずのような、聞き取り辛い

ものではあったけれど、慣れれば、だいたい

何を言っているのか理解できる。

いつか、視力を失うかも知れない羽柴クン

も、彼女が言葉を口にしてくれれば、

少しは気持ちが楽なんじゃないだろうか?

彼がどう思っているのか、聞いたことは

ないけれど、

目が見えなくなれば、手話は使えなくなる。

そんな簡単な答えに、彼が辿り着かない訳が

なかった。

「町田さんって、羽柴さんのこと、本当に

大切に思ってるんですね」

俺の胸の内を見透かしたようにそう言うと、

彼女はまた視線を海へと戻し、小さな息を

吐く。俺は照れ隠しのように鼻の下を擦り、

まあね、と呟いた。

「町田さんの言う通り、かな。弥凪、昔は

しゃべってくれたんです。時々だけど」



-----やっぱり。



俺は心の中でそう言いながら、彼女の話に

耳を傾けた。