ポン、と背後から肩を叩かれ、わたしは

文字通り、変な声を上げた。

「……びゃ、っ!!」

どきどきと、鼓動を鳴らしながら振り返る。

すると、畳み終えた洗濯物を手に、母さんが

立っていた。

(めずらしいわね。発声の練習?)

机に洗濯物を置き、わたしの顔を覗く。

いつから聞いていたのか?

ドアをノックしても聞こえないという

理由から、母さんはいつも何も言わずに

部屋に入ってくるのだった。

わたしは、ぎこちなく首を傾げながら、

頷いた。母さんが息をつく。

何かを察したのか、それとも、何かを怒って

いるのか?母さんの表情から心の内を読み

取ることは、出来ない。

ベッドに腰かけるようわたしを促すと、母さん

はわたしの前に膝をつき、顔を見上げた。

そうして、手話で言った。

(羽柴、純一さん。彼の名前を練習していた

のね)

そのひと言に、わたしは頬を染めながらも、頷く。

母さんには、話してあったのだ。彼氏が出来た

ことを。純と付き合い始めてから、毎日のように

家を空け、休日は休日で彼と共に一日を過ごす。

いくらなんでも、咲ちゃんの名前を借りるわけ

にもいかず、母さんにだけは、“就労移行支援員

のお兄さん”と付き合い始めたことを、話して

いたのだった。

母さんは少し困ったように眉を顰めると、言葉

を続けた。

(羽柴さんは、どんな人なの?)

わたしは母さんの質問の意図がわからずに、

少し悩んだ。

(彼は、背が高くて、丸いサングラスをしていて、

カレーが大好きで、あと、たぶん、カッコいいと

……思う)

そう言ってから恥ずかしくなって、パタパタと

掌で顔を仰ぐ。

すると、母さんは小さく首を振りながら、

少し怖い顔をした。

(そうじゃなくて、彼は真面目で誠実な人なの

か?って、聞いているの。一昨日は、無断で

外泊したでしょう?お母さん、お父さんにどう

言い訳をすればいいかわからなくて、とても

困ったのよ)

そこまで言われて、わたしは、ようやく母さんが

“怒って”いるのだということを、理解した。

そして、母さんに連絡を入れ忘れてしまった

ことを、後悔した。

(一昨日は、ごめんなさい。突然、彼の友達が

泊まりに来て、その人がビールを沢山買って

きてくれて、3人で朝まで飲んでしまったの)

ありのままを話し、母さんに謝る。

あの夜は、純の大切な友達と仲良くなれたのが

嬉しくて、楽しくて、その気分のまま酔っぱ

らってしまって、純のベッドの中で目を覚まし

た時には、太陽が空高く昇っていたのだった。

もちろん、客人用の布団に町田さんとごろ寝

をしていた純は、目を覚ますとすぐにわたしを

家まで送ってくれたのだけれど……

朝帰り、を通り越して、昼帰りになってしまった

ことは否めない。

母さんが心配するのも、当然だった。