世界とやらの哲学で、
我が半身が作れるのか。
身を焼くが如く
巨大な太陽が突き昇る。
己が嫉妬深き
業光の筋。

 波に揉まれる小舟か。
岩をぶち当て、
打ち砕いてやる。


「くそっ!!!」

 カンジは夜の帳の中1人悪態をつく。地面に消えたアヤカの姿に、空へと手を伸ばしたままに佇ずむ自分に、怒りを顕にして。

 一寸前まで、自分達を囲んでいた百鬼夜行は霧散し、アヤカの白い肢体に触手を絡ませた妖かしたる小男の姿さえ露ほど無い。

「下衆の極みが!」

それまで神隠しの世界へと消えていた様な感覚から、否応なしにカンジは現実に弾き出された。

そうすれば深夜の海鳴りが響く観光地に、人が疎らに見える。
目を凝らして見れば、車の愛好家達か、不穏な輩なのだろう。カンジは辺りを見回した後に、一点を睨んだ。

「油断だ。否、他所へ気を向けたのが命取り、反吐が出る。」

 カンジにとって、消え失せた存在は命と同等。運命を共にする愛しき半身にと関わらず、己の目前でムザムザと拐われた。

ただ、その理由は遠くから感じた射抜く視線の存在。それはあり得ない視線のはずだった。
何故なら、現実時間の軸ではない妖かしの時空に、カンジとアヤカはいたのだから。そこに射し込まれた人間の視線。

「たまに、、空気の読めぬカンの良い人間がいるが、其の類だろう。」

ハーー。

 それでも、其の視線を横に押しやりカンジは乱れた髪を、纏め直して目蓋を閉じた。全神経を能と鼻腔に差し向ける。

そうすれば、目蓋の裏に浮かぶアヤカの僅かな気配。
 カンジのエナジーを体内に注入されたアヤカは、さながら生態GPSが取り付けられたに等しい。

 神経を集中させれば、アヤカの中で交ざるカンジの匂いが大気からも感知出来るだろう。

「、、」

 同時に、彼女の胸に歯を立て己のエナジーを、彼女の心の像に注ぎ込んだ感触が甦る。
あの月夜に、カンジが刻印した記憶がオートマチックに反芻されていく。
 甘く温かい感触。口内を起点にカンジの全身が波と変化した快楽に溺れて血と精が泡立った、あの日。

身体の坦田に熱が集まり、知らず知らず口角が上がるのを感じたカンジは、自嘲する様に片手で口元を押さえ、記憶の咀嚼に蓋した。

 と、出し抜けに

「なあ、さっきから何してんだ?おい?気が付いとるよなあ。東の若頭、譲夜咲カンジ様よ?」

 どこか軽い調子の声が、カンジの耳へ流れこんでくる。

 カンジの気が反れた元凶とも言える男が短い金髪を靡かせ、カンジの正面に陣取って来た。

「・・・・・」

白けた表情でカンジは、目の前の相手を見やる。

次元の違いを踏み越えて視線を射し込んできた男。

 そんな相手をカンジは容赦なく無視し、胸ポケットから片目に嵌めるスカウターを取り出すと、無言で起動させる。

ピコン♪

 スカウターがカンジの希望する車体を指示音と共に捉えた。

「なっ!!!おい!」

 カンジが胸ポケットに手を入れた瞬間、絡んできた男は一瞬怯む。が、カンジが取り出したスカウターを認めると、

「あんだよ。ハジキじゃねーのか。」

 カンジが取り付けたスカウターを手で勢いよく飛ばして、

「だからっ!無視すんなよ譲夜咲!」

 再びカンジとの間合いを詰める。

 カンジは飛ばされたスカウターを何無く空中で捕まえ、ポケットへと仕舞う。

「あんた、都内のホテル上層で襲撃受けて、落下したとかニュースでやっとったで?死んだとか言われとるが、ホンマはまんまと偽装足抜けで生きとったんやなあ?」

 ペラペラと喋る相手を完全に無視をしながらカンジは、何台か改造車が、集まる集団の1台に向かって行く。

「見つかっちゃってマズイんちゃう?あ、俺の紹介まだだっけ?西の田沼組、権藤いいます。」

 運転席のガラスをコンコンと叩いて、カンジは胸ポケットから今度は札束を出して見せた。

ウーーーーーン

 運転席のサングラスを掛けた車の持ち主が、

『何ですか?』

 カンジを不審げに睨みつつも、ウインドウの隙間を開けてきた。すかさずカンジが腕に付けていた高級時計も、隙間から車内に投げ入れる。

「悪いが今すぐ、この車を売ってくれ。手持ちと時計で申し訳ない。」

『え、、どういう?いや、この時計って、言われても。』

ガラス越しから、運転席の男が更に怪訝な顔をしているのを察してか、カンジはズボンのポケットからタバコをペーパーケースごと取り出し、万年筆で一行書き込む。

「この名前で検索して比べくれていい。あとはこの現金を上乗せで。」

そして運転席にペーパーケースも投げ入れたカンジは、絡んできた権藤に胸ぐらを引っ張られる。

「ちょ!まちって!この金何処から出したんだよアンタ?!ざっと10本あるけど?内ポケット入らんて!普通!そんで、こっちの話聞けや!!譲夜咲っい!!」

『マジヤバイ、、この時計マンション2、3個買える?どうぞ!車の鍵です。ホルダーに私物とかそのままですけど、上げます。あ、缶コーヒーもつけます。もちろん未開封ですから!』

運転席の男は、ドリンクホルダーも示して、投げ入れられた札束を慌てて鞄へ直している。助手席でいた男も、時計を恭しく車内灯にかざして、見せられた検索情報に目を見開いている。


単にカンジのアーダマー帝系で流通する次元セキュリティケースに携帯していた紙幣を取り出しただけのカンジは、運転席の男がフロントドアを開けようとした瞬間、

「有り難たい。恩に切る。」

ガッ!!ダアン!!

一言発ながら、権藤の腕を片手で取り上げて、そのまま回し投げ飛ばした!!

「ぐえっ!」

権藤が道路に背中を打ち付け、くぐもった声を出す。その間にカンジは、開いたフロントドアから出てきた男から鍵を受け取り、エンジン音を立てる。

「なめやがって、野郎!!」

ガアアアーーーン。

『うワアッ、』

権藤がカンジが閉めたフロントドアのノブ付近に銃弾を放ったのだ

「なあんだ?防弾使用ってか?ガキが生意気なシャコタン乗りやがってからに。おら、逃げんな!」

本来ならドアを銃で壊そうとしたのだろうが、権藤の目論見は上手くいかない。弾でドアに球形の銃跡が残っただけ。

カンジは何食わぬ顔で車を急発進させると、そのまま夜の中にテールランプを光らせて走り去る。

「ごうおら、そこん車、寄越せ!
聞こえてへんのやったら、よう聞こえる様に、耳穴開けたるで!さっきの金でも分けてもらえや!」

続けて怒号が飛び、もう1台のエンジン音が大音量を唸らせ追いかける。

『わあーーわ!』

合わせて留めの銃撃音が響き渡った。