ふつふつと怒りを燃え上がらせる私の目の前でエレベーターが開いた。
そこから出てきた金髪の男性がマノンを抱き寄せた。マノンも彼にハグをし、キスをする。
あれ? 驚きを隠せない私に、奏士さんが言った。

「マノンと婚約者のロイ。今日は、ふたりのアテンドをしていたんだ」
「そう……だったの?」

男性が奏士さんに少し訛りのある英語で早口に話す。奏士さんも応対し、マノンが口を挟む。かろうじて聞き取れた単語を組み立てると『疲れた』『ディナーはキャンセルする』『ふたりでゆっくり過ごす』『明日はスカイツリーに連れて行ってほしい』……こんな感じかな。
ともかく、奏士さんは浮気なんかしていなかった。恋敵だった女性には今や別な婚約者がいて、奏士さんも私も眼中にない様子。

間もなく、私と奏士さんは、マノンと婚約者から離れ帰路についた。

「ごめんなさい、奏士さん」

食欲はどこかに行ってしまった。歩きながらしょんぼりと謝る私に奏士さんが大仰に首を振った。

「いや、マノンの名前を出して誤解されたくないと敢えて黙っていた俺がよくなかった。すまない、里花」
「私、浮気されたってカッとなって」
「マノンには最初の来日の時にはっきり言ってるよ。あの可愛い人が俺の未来の花嫁だから、きみとは付き合わないよって。彼女も納得して、アメリカに戻ったら以前からアプローチをしてきていたロイとあっさり付き合い始めたんだ。女性は強いね」

そう言って、奏士さんは笑う。そうか、ふたりの婚約というデマが流れたとき、すでにマノンは別な婚約者がいたのだ。