「……ごめん、里花」
「頂上の……景色を見そびれてしまいましたね」

キスに夢中で、観覧車の醍醐味を忘れてしまっていた。視線をそらして言う私の耳元に、奏士さんが唇を寄せた。

「それもごめんだけれど、今、ちょっと危ない。おまえをこの場で襲ってしまいそうだ」

驚いた顔をする私から離れ、座席に背を預ける奏士さん。苦笑いをしているけれど、私にそういう気持ちを持ったってこと? ものすごく恥ずかしくて奏士さんの顔が見られない。観覧車が下っていく道のり、私はうつむきがちに夜景を眺めていた。

「コーヒーを飲もう。そうしたら送るよ」

観覧車を下り、近くのチェーンのカフェまで歩きながら、奏士さんは紳士的にそう言った。正直にいえば、私はほっとしていた。
奏士さんだけの感情じゃない。私だって、危なかったように思う。先ほどのキスは麻薬のようだった。味わえばはまってしまう。そのまま、なにもかもどうでもよくなってしまう。
私たちはまだ正式に交際していない。これからじっくり関係を深めていきたいのだ。
それなのに、キスひとつで関係や手順がひっくり返りそうになってしまった。彼にすべて明け渡したくなってしまった。
私のこんな気持ちを奏士さんも察している。だからこそ、奏士さんは引いてくれたのだ。

「奏士さん、大好きです」
「お、急にどうした」
「言いたかったのに、さっきキスで言いそびれてしまったから」
「それは悪かったよ。今度はちゃんと聞いてからキスする」

そう言って奏士さんはことさら優しく微笑んだ。