テスト最終日終了

「レイターーーっっ!!」
学校帰り、夕方のバス停でレイタの姿を見かけて彼の名前を呼びながら駆け寄った。
教科書が入ってずっしりと重そうなカバンを足の間に置いて立っているレイタが顔だけをこちらに向ける。
最速で近くまで寄ると、レイタの両腕を両手でガシリと掴んだ。
「すごいよレイタ!昨日教えてもらったとこがテストにそのまま出たんだよ!!すごい!ビックリした!」
「へえ。」
と感情があまり見えない声のトーンだけど、わたしは分かっている。
ちょっと(ドヤァ)って思ってるでしょ。
「じゃあ、しっかり答えられたわけだ。」
誰のおかげだい?という声が聞こえてきそうだけど……バカは、バカゆえに、バカなのである。
「努力はした。」
とわたしがレイタを見上げてちょっと肩をすくめて見せると超不機嫌そうに「はい?」聞き返された。
「努力したよ!でもぉ、間違ってるかどうかは先生しかわかんないしぃ…ちょっと問題アレンジされてた。」

「アハハハ!おもしろいな、メイちゃんは。」

とレイタの隣に立っていた人物が突然笑い出した。

あ、いつもレイタと一緒にいる友達。
レイタとナイト。
居るの気づいてなかった。

「いつの間にレイタとメイちゃんそんなに仲良くなったの?俺、ビックリだよ。」

仲良いわけでは。とモジモジ否定の言葉を探していると、ナイトが「今日テストだったのに、この時間?」と話題を変えてくれた。

「えっと、この感動をレイタに伝えたくて、テスト終わってからここが見えるあそこの喫茶店で時間潰してたんです。」

道路向かいの窓のおおきなカフェを指さした。
身長が高い2人はわたしの頭ごしにそのカフェがある方に目をやる。
ナイトは素早いスピードでわたしに視線を戻すと
「レイタが来るのずっと待ってたってこと?かわいすぎる…。」
と大袈裟に驚いてみせた。
教えてもらったところが試験問題に出てあまりにもビックリして嬉しくて伝えたくて、思わず待っててしまったけど、確かにこれじゃ待ち伏せストーカーだ。

ナイトがレイタに「付き合ってんの?」と尋ねた。
「付き合ってません。」
とレイタが静かな口調で場の空気をいさめる。
どんな顔してるのかと思ってレイタを見てみると、唇をキュッと結んで、もう何も質問させまいという強い意思を感じた。
ふと斜め上から視線を感じてナイトを見ると、わたしの顔色を読んでいるかのように凝視していて、それを取り繕うようににこっと微笑まれた。

「さーてと。じゃ、なんかそういう気分じゃなくなっちゃったし、俺今日は帰るわ、レイタ。」
とナイトはレイタの肩をぽんぽんと叩いてバスの列から抜けて行く。
去っていく友達にバイバイとかまたねの言葉もなく、レイタは来たバスの昇降口に向かって行き、乗り込む直前で後ろのわたしに向かって(お先にどうぞ)とジェスチャーをした。
なんだかお姫様みたいな誘い方で、わたしはぎゅっと恥ずかしくなってしまった。

バスの中で横並びに立ち、わたしは
「テスト終わった♡」
と小さく呟いた。
「テストの……」とわたしと同じくらいの小さい声でレイタが話し始めた。
「自己採点してる?」
え、何?
言ってる意味がわからなくて、瞬きを繰り返して返事を保留にしていると、「テストが終わったら、わからなかったところの解き直ししてる?」と言い方を変えて言われた。
なんでそんなこと……テストの山を越えたら次のテストまでは休憩でしょうが。と言い返したい気持ちを「え〜」の一文字におさめる。
だって、答え合わせのために教科書を開くことなんてある?
あんなん答えの書いてあるページがどこかなんてすぐわかんないじゃん。キーワード検索とかできないじゃん。
なんて頭の中で悪態をつく。
テストが終わってまた勉強って!
脳みそのみそが“断固拒否”の旗を持って走り回っているかのように、全身が勉強から逃れたがっている。
勉強の波に溺れていると、レイタが
「見直し一緒にする?」
と彼氏みたいな事を言い出した。
驚きすぎてとっさに「いつ?」なんて(はい勉強します)と返事しているような返答をしてしまった。
「明日とか。」
「土曜日じゃん。」
「時間を気にせず勉強できるから。」
時間を気にせず勉強、え、勉強?わざわざ休みの日にに?

はじめて会った日、周りの空気を読まないちんたら男だと思った。
さらに休みの日にわざわざ勉強なんて、ちんたらだけじゃなく、変態ちんたら男なのか。
これだからインテリは。
「明日、用事ある?」
と首を傾げられて、「ないです。」と反射で口が言ってしまった。

隣の男子校の、一つ年上のインテリ男子と、休日に。
「じゃあ、13時に近くの図書館で。」

いつのまにかわたしの降りるバス停が近づいている。
休日に勉強なんてしたら熱でるかも。
「も、持ち物は何デスカ?」
筆箱いるってこと?
すでに脳にウイルスが入り込んだに違いない。
わたしのポンコツっぷりがダダ漏れだったのか、レイタはポケットからスマホを取り出した。
「あとで必要なもの教えるから、ここに連絡いれて。」
QRコードが表示されている。
慌てて読み取っているうちにバス停に到着してしまった。
「じゃ、すぐ連絡いれるように。」
と念押しされて、わたしは今日は降りそびれないようにバスを降りた。

バスを降りて、勉強ウイルスにやられた頭で、去っていくバスを見送った。
白シャツを着たレイタの横顔しか見えなくて、うつむいているからか長めの髪がうっとおしそうだった。