俺のボディガードは陰陽師。〜第六幕・相の証明〜


「……おじさんっ!」



二度目に名前を呼んだ声は、張り上がって大きくなっていた。

室内にビリッと響く声は、後ろの二人の会話さえも止めてしまう。

いろいろな事を振り返って、思い浮かべては感情がこもってしまったのだ。



三年間眠り続けるこのおじさんを、なずなと菩提さんはどんな思いで見守っていたのか。

この、痩せこけて死に近付きながらも死ねない、永遠の苦しみを味わっているおじさんを見て。



《不甲斐ない弟子ですみません……》



何も出来なかった自分を恨んだだろう。憎んだだろう、黒い翼の彼のことも、自分のことも。

でも、だからといって、それは『人間』でもある彼を、償いもさせないまま、怨みつらみで殺していい理由にはならないんだ。




「おじさん、おじさんっ!俺だよ、伶士だよ?ねえ、聞こえてる?!」

「れ、伶士?!」



眠り続けるおじさんに叫び掛けると、慌てて親父が傍にやってくる。

何をどうしても覚醒しなかったのに、なおおじさんに向かって叫び掛ける俺が奇行に走ったとでも思ったか。

聞こえてる?聞こえてるわけねえだろ!みたいな。


聞こえてるのか、否か。

どうなるのかわかっていても、行動に出さないわけにはいかなかった。

……本当にあの『未来』が起こりうるのなら。



そして、眠っていて反応のないおじさんに、叫び続けた。




「おじさん、おじさん!聞いて欲しいんだ!……今、なずなと菩提さんがあの黒い翼の彼に復讐しに行こうとしてるんだ!おじさんをこんな目に合わせた彼に、報復しようとしてる!」

「おい!……伶士!」

「でも、二人は無傷では帰って来れないかもしれない!……死んでしまうかもしれない。二人が、もう戻ってこないかもしれないんだよ!……おじさん!」



擦り切れそうになる思いを叫んで、必死になって切に伝える。

わかってるとはいえ、隠しルートのトリガーを引くことが出来るかどうか、確信していない。

一か八かの思いでいるんだ、こっちは。



「おじさんは、それでいいの?!おじさんの仇打ちで、二人がもう戻ってこれなくてもいいの?!……彼に手を掛けてもいいの?!ねえ?!」



……いや、正直。彼に手を掛けていいのかどうかという話は、どちらかと言えばどうでもいい。

俺個人の感情で、あの二人が敢えて手を汚して、罪を背負って欲しくないんだ……!

「おじさんっ…!」



何度叫び掛けたって、結果はわかっている。

ここで思いを切に訴えたって、おじさんはビクともするワケがない。



でも、訴えずにはいられなかった。

二人が復讐に至るまでの心境を考えると、切なくて、張り裂けそうで。

でも、復讐で手を汚して欲しくなくて。

どうにかしたくて、この状況を……。



「おじさんっ……助けてよ……」



そこで、ガクッと身体中の力が抜ける。

その場で膝をついてしまい、ベッドにもたれこむカタチとなってしまった。

堰を切ったように叫び続けたせいか、急に疲労感を感じ……。



……それだけではない。



「……おい!伶士っ」



親父の呼び掛ける声も、側にいるのに何故か遠くに聞こえている。

意識が朦朧としてきたと感じたその時、霞んだ視界の中で……俺は見た。



横たわるおじさんを照らすように、宙に浮かぶ黄金の光を…。



それに無意識に手を伸ばす。

隠しルートのトリガーを引くことが出来たと、確信した瞬間だった。

指先が光に触れたその瞬間、俺の視界は暗闇となる。





「伶士?!おい、どうした!」

「わあぁぁ!伶士殿、また!」




後は、もう任せるしかない。

俺は、信じることしかできないから。







☆☆☆







『……リグ・ヴェーダの根城がわかった。奇襲をかける。今すぐ出て来い』




最期の戦いってやつは、これこそ奇襲かのように、突然やってくる。

葛藤で悩み抜いている私の心情なんて、構いもせず。




『ヤツをこの手で殺して、優さんを解放出来るチャンスがやっと来たんだ。……いいから、早く出て来い!』

『わ、わかった!』



どうも、私はこの菩提剣軌という男には逆らえない。

この兄弟子の言うことは絶対。って、私の気付かない心の底ではそう思っているからだろうか。

こんな風に強く言われたら、従わないとという気にさせられてしまうのだ。



それに……親父をあの忌々しい呪いから解放するチャンス。

それを逃すわけにはいかなかった。



外へ向かう途中の廊下で伶士に出くわす。

でも、それを振り切ってまでも、私は兄弟子の指示に従い、すでに迎えに来ていた剣軌の車にさっさと乗り込む。

そして今、剣軌が突き止めたというその根城とやらに車で向かっているのだった。



しつこいぐらい私達の前に姿を現していたリグ・ヴェーダ。

けど、魔界から連れてきたお仲間が一人残らずいなくなると、急に音沙汰が無くなる。

何を企んでいるのか、隠れているのかは知らないが……まさかの万が一、あの時のように再び魔界へ戻ろうとするかもしれない。

もしそうなれば、私達は手が出せなくなる。魔界にまで追いかけることは出来ない。魔界に滞在となれば、人間の体では魔界に漂う魔力に侵されて命を落としてしまう。

それに、陰陽師総本山の規則で、陰陽師が魔界に出入りするのは御法度とされている。

なので、もし魔界に逃げられたものなら、親父はまた眠り続けたまま。ただ時間が過ぎていくのだ。



だから、何としても逃してはならない。

絶対に……追い詰める。



「……みんなに連絡したの?」



右隣で運転をしている剣軌に、確認までにその事を問う。

しかし、剣軌は即答だった。



「まさか。そうなると生け捕りだの神童だの【相殺】だの言われるでしょ。……生け捕り?そんな甘い事言ってられるか」

「……」



だよね……。やっぱりそう言うと思った。

三年前の『事変』で対峙したマントラ、半人半魔連中は、滅殺さず生け捕り。

仲間内で交わされたこの約束は、『人間』としての罪を法的に償わせる為という警察の面子を立てたものだった。

確かに。魔力による人殺しはこの国の法律では裁く事が出来ない。

だが、このマントラとかいう連中は、魔力での悪さ以外にもたんと罪を犯している。誘拐だの監禁だの、不法侵入だの窃盗だの。

そっちの罪を裁いて償わせるという事だ。



しかし、リグ・ヴェーダに関しては納得がいかないと、剣軌は言う。

それは、おもいっきり私的感情を込めた意見で。

剣軌の師匠である、私の父をあんな目に遭わせたリグ・ヴェーダのことを、単純に物凄く許せないだけなのだ。



『優さんをあんな目に遭わせたヤツに、国家予算で拵えた麦飯を三食与え、寝床をも与えるっていうのか。冗談じゃない』

『そして、精神異常と判断されたら無罪になるだろう。許されない罪を犯したヤツに、そんなバカな話あるか』



それに、剣軌は恐れているんだと思う。

例え生け捕りにしたとして。彼が罪を償うことで本当に自分は納得するのか、どうか。という……。

だが、懸念はそれだけではない。



……先の『事変』で。

美奈人の母であり、御館様の孫娘であり。私達の大先輩陰陽師である雨宮ゆずらさんが、マントラのボス的存在であるアユール・ヴェーダと死闘の末、【相殺】で契約した魔力を奪い、生け捕りにした。

アユール・ヴェーダが契約で魔族に捧げた体の部分とは、片耳、内蔵と脳の一部だけ。

それ故に【相殺】で魔力分解が行われた際、契約で捧げた片耳は失くなり、脳の一部は機能不全となる。

結果、アユール・ヴェーダは身体の部分欠損がありながら何とか生き永らえているも、高度脳機能障害のため、顔貌が崩れ、疎通不良。何を喋ってるのか、全くわからない。時々粗暴行動にも出たり、突拍子もなく急に大声をあげたり……ようするに、簡単に言えば廃人になってしまったのだ。

こんな思考レベルじゃ、裁判になんかならない。

結局、罪に問う事は出来なかった。シャバで生活することも出来ず、精神科病院で長期療養となり、家族のいないアユール・ヴェーダは恐らく……退院は無理だ。

死ぬまで病院で生きるのだろう。



なんとも痛ましい結果か。

……そう思ってはいたが。

またしてもこの男は毒づく。



『……これは、罪を償っているのではない。ただ単に罰を受けているだけだ』



確かに……そうとも取れるだろうね。

剣軌のその発言は、相手の立場に立ったものではなく、ごく客観的な意見だった。



捕らえて罪を償わせるなんて、甘い。



そう言いたいのだろう。

それほどまでに、剣軌はヤツらのことを恨んでいる。親父に手を掛けたリグ・ヴェーダには特に。塵ひとつ残したくないぐらい、自らの手で消してやりたいと思っているのだ。

復讐心に駆られて、前が見えなくなっていると言っても過言ではない。



それに、剣軌がリグ・ヴェーダを逃さまいと焦っていることが、もうひとつある。

それは、我々音宮一族の『継承』の件だ。



音宮家は、陰陽師の一族の中では、かつて御庭番集にも籍を置いていた『隠密』という特殊な家系。

しかも、天界、神族『緊那羅』と密な関係にある、ガーディアンの一族。

当主は代々、緊那羅の一族とガーディアン契約を行って【神童】となり、一族の血統、特殊な能力を維持してきた。

当主から次代への【神童】継承には儀式が必要なのだが、この状況が故に問題が生じている。

現在、音宮家の当主であり、【神童】としてガーディアンの継承権を持ってるのは、親父。

だが、その親父は眠り続けて意識不明の状態だ。……ガーディアンの継承権を持ったまま。

『死』すれば、総本山を介して新たに儀式を執り行い、跡継ぎである私が当主となれるのだが、ガーディアンの継承権を持ったまま眠りこけられたら、継承の儀が執り行えず、どうもこうもならない。

このままの状態が続く、親父の意識が無いままとなれば……その継承権を動かすことは出来ないのだ。

よって、音宮家は事実上の没落となる。



剣軌は、この没落を恐れている。

自分の尊敬する師匠の力を次代へ受け継ぎ、自分がその音宮家のサポートに回ることに使命感を持っていた剣軌。

だから、なんとしてもあのリグ・ヴェーダから魔力を奪い、眠りの呪いから親父を解放……親父の人生に終止符を打たなくてはならない。

そこは、私も同意見だ。いつまでもあのヤローの手に、親父が囚われたままでたまるか。