ここまで書いた時、フィオナの手がピタリと止まった。頭の中に思い出したくないというのに、思い出されていく記憶がある。しかし、フィオナの顔に苦しみや悲しみなどは現れず、表情は変わらない。だが、フィオナの心は「思い出したくない!」と確かに悲鳴を上げているのだ。

フィオナは、ずっと一人でこの屋敷で暮らしていたわけではない。ずっと感情がないわけではない。十二歳になるまでは、フィオナはよく笑ってよく泣く普通の女の子だった。

もう戻ることのできない幸せだった頃が鮮明に浮かぶ。フィオナの赤い瞳がゆっくりと閉じられた。



カモミール家は、笑顔の絶えない家だった。刑事である両親は、堅苦しい人間ではなく優しく時に厳しい両親で、カモミール家は理想の家庭とまで近所では言われていた。

「フィオナ、これをテーブルに運んでくれるか?」

休日の朝、父が作った朝ご飯をフィオナは「「うん!」と頷いてテーブルの上へと運ぶ。大好きなハムエッグのため、フィオナの頬は緩んでいた。