「どどど……どうして!?」

 シルヴィエの動揺は止まらない。なんとか考えをまとめようとウロウロと歩きだそうとしたが、その体には大きすぎるローブと、勝手の分からぬ体でバランスを失い転んでしまった。

「ぎゃんっ」
「大丈夫か!」

 すぐにカイが駆け寄って来て、シルヴィエはひょいっと抱き上げられた。

「とにかく……王城に帰ろう。話はそれからだ」
「それもそうだな」

 不本意ではあるが、いつまでも魔王城に居る訳にはいかない。
 無事に魔王を封印できたことを報告しなければならないし、カイの言い分はもっともである。
 シルヴィエはなんとか自分にそう言い聞かせ、仲間と共に王城に帰ることにした。



「……して、魔王封印には成功した、と」
「は、陛下」
「それは良かった。長いことご苦労であった、そなた達」

 王城の広間にて。カイを先頭に王討伐軍は王の前にひれ伏して報告をしていた……のだが。
 王の目はチラチラと彼らの後ろにいるシルヴィエに注がれていた。

「……で、勇者カイよ。そこの子供は一体……そしてシルヴィエ殿はどうした?」
「恐れながら、彼女が……そのシルヴィエでして」
「……は!?」
「魔王封印の影響か、詳細は不明ですが最後の戦いの最中に……こう……幼女に……」

 カイはつっかえつっかえ王にそう報告した。信じられないのも無理はない。こっちだって信じられないのだから。
 その時、とてとてととシルヴィエが前に出た。

「陛下、確かに私はシルヴィエ・リリエンクローンです。お約束通り帰還しました」
「その顔つきに口調……確かにシルヴィエ殿……?」
「ええ。少し見た目は変わってしまいましたが、確かに無事に帰還しました」
「うむ」
「きっとそのうちに元に戻ると思います」
「そうか……」

 こうしてなんとか王への謁見を済ませ、シルヴィエは王宮内の自宅にようやく帰ることが出来た。
 この小さな館にはシルヴィエの研究の全てが詰まっている。もう何十年も住まいにしている場所だ。

「ただいまっと、えい! えい!」

 なんとか高い位置にあるノブを回し、やたらと重たい扉を開いて中に入ると、すぐにパタパタと足音がする。

「お師匠様! お帰りで! ……あれ?」
「ここだよ、ここ」
「え? お師匠様? どうしちゃったんです?」
「……色々あってね。でも中身は変わってないからね」
「そうですか。ならいいです!」

 迎えに出て来たのは弟子兼世話係のエリン。
 姿の変わったシルヴィエを見ての反応から分かるとおり、彼女はちょっと変わり者である。
 そもそも気むずかしいところのあるシルヴィエと寝食を共にし、一緒に研究をするくらいなのだから推して知るべしなのだが。

「でも、小さい大きさのお召し物を揃えないとですね。手配します」
「よろしく」
「お疲れでしょう、お茶を淹れます」
「ああ」

 以前と変わらない様子のエリンにシルヴィエはほっとした。そしてようやく帰ってきた、という気分になった。

「帰路でのカイの様子ときたら……」

 カイは幼女となったシルヴィエに対して、やれ喉は渇かないか寒くはないかとまるで子供扱いだったのだ。

「ばばあ扱いも困ったものだけど……子供扱いはもっとひどい」

 シルヴィエがふうとため息を付いた。これから一体どうなってしまうのだろう。
 王にはああ言ったものの、元に戻るかどうかもわからない。
 その時エリンが湯気の立つお茶を持って現われた。
 
「お師匠様、無事で何よりでした」
「こんなんでもかい?」
「ええ、生きてまた会えたことがあたしは嬉しいので」

 ニコッと笑ったエリンの笑顔に、シルヴィエは救われる思いがした。

「一体お師匠様の体に何が起きたのでしょうね」
「そうだね、きっかけはやはり魔王封印したことだろうね」
「うーむ、ちょっと文献を当たってみましょうか」
「そうだね」

 それからシルヴィエとエリンは書庫に向かい、膝をつき合わせて大量の本をめくり続けた。体が小さくなったせいでページがやたらと大きくめくりにくくてイライラする。

「……ん!」
「どうしました」
「これかもしれん。ここを見て」

 シルヴィエはそう言ってとある本の一ページを指差した。

「ここにとある魔術師が術を使ったところ、身が縮んだとある」
「これですね!」
「ああ。何々、――日を置いて魔力が回復したら元に戻った……か」
「それならこのままでも大丈夫ですかね」
「ああ! はーっ、良かった」

 シルヴィエは光明が見えたことにほっとした。
 いずれ元に戻るのならば王子の家庭教師も問題無く務められる。

「エリン、王への伝達を頼む。予定通り家庭教師を務めると」
「はい!」