「よぉ」
「……」

 結局、カイは週明けにひょっこりと帰ってきた。

「他に何か言うことは?」
「……別にないよ」

 そう言うカイの目は明らかに泳いでいる。

「カイの嘘は分かり易いぞ」
「そ、そんなことは……」
「言え」
「い、嫌だ……言えない」

 カイは首を振った。何か口止めでもされているのだろうか。
 で、なければ……「信頼関係」、というユリウスの言葉が脳裏を過ぎる。

「ふん……じゃあいい」

 シルヴィエがそう言うと、カイはあからさまにホッとした顔をした。

「じゃあ、これから数日私も留守にするが行き先は教えない」
「えっ!?」
「だってカイだって行き先を言わないんだろ。だったら私が言う必要なんてない」

 そう言われてカイはウッと口を歪めた。

「ほ、ほら……危ないだろ……」
「エリンと一緒に行く」
「子供と女で旅するつもりか!」
「二人ならそこらの一個小隊よりも逞しいと思うが?」
「いや、しかし……お、俺も着いて行く!」

 カイは慌ててそう叫んだ。
 そんな彼の様子を見てシルヴィエは内心にやりとした。

「じゃあ、今までどこに居たのか教えて?」

 自分でも気持ち悪いと思いながら、シルヴィエは上目遣いにカイを見つめる。

「う……その……視察だよ」
「視察?」
「北方の国境沿いにワイバーンの群れの目撃情報があったんだ。ほ、ほら軍が動いたら国民が不安になるだろう。それで俺が……」
「なんだ。それなら私も行ったのに」

 確かに魔王が封印されたばかりで魔物が出たとなればあまり大事にしたくないというのは理解できる。
 しかし近接戦闘の得意なカイよりも、空を飛ぶワイバーンならばシルヴィエの魔法の方が効率がいい。

「危険だから……」
「だから私を子供扱いするんじゃないっ」

 シルヴィエはとうとうカイの脛を蹴っ飛ばした。

「痛っ! くそ……あ、あんまり言いふらすなよ。あと旅には付いていくからな」
「ふん、勝手にしろ。行き先はフラン山岳地方のブラフォスの街のあたりだ」
「ず、随分田舎だな。分かった……」

 こうしてシルヴィエとエリン、そしてカイを加えて隠者ヴェンデリンに会いに行く旅が決まった。

***

「あ、お師匠様。水はこれだけでいいんですか。顔を洗ったりとか足りなくないです?」
「それなら水魔法を使う。無駄に荷物を増やすと馬が疲れて足が遅くなる」
「はぁ~、さすがです」
「伊達に三年、旅をしていないさ」

 エリンがわたわたと準備をしている横で、シルヴィエは悠々としていた。
 そこに神剣ラグナロスを担いだカイがやってきた。
 カイの荷物に至っては鞄ひとつきりである。いかにも旅慣れた感じだ。

「準備はできたか?」
「ああ」
「じゃあ出発だ!」

 カイは荷物を荷台に載せると、御者台に陣取った。

「せいぜい馬車の御者として役立ってくれ」
「あいよ。……俺が居なかったらどうするつもりだったんだ?」
「スレイプニルでも召還して引かせるつもりだった」
「それじゃシルヴィエの魔力が持たないだろう」
「そんなこと……」

 シルヴィエが言い返そうとすると、カイはくるりと後ろを向いて、真剣な顔で彼女を見つめた。

「今は体がどうなっているんだか分かんないんだろ。無理はするな」
「……う」

 確かにカイの言う通りである。もし、予想外の魔力枯渇を起こしてエリンが対処仕切れなかったらという可能性もなくはない。

「分かった。頼んだ」
「ああ、頼まれた」

 カイは素直じゃないシルヴィエのその返事を聞くと、仕方ないなとふっと笑って、馬に鞭を入れ、馬車は出発した。

「旅行なんて久々ですねぇー」

 ガタゴトと揺れる馬車の座席で、エリンが呑気な声を出す。まあエリンはいつだってそんな調子なのだけれども。

「エリン、保養地への旅行とは訳が違うぞ。フラン山岳への道は結構険しい」
「はい! お尻が痛くなったらこまめに回復(ヒール)をかけるんですよねっ」
「ば、馬鹿! それを言うな!」

 シルヴィエが慌ててエリンの口を塞ぐと、馬を走らせていたカイがふっと後ろを向いてニヤリを笑った。

「へぇー、シルヴィエはそんなことをしていたのか」
「……くそっ、前を向いて操縦に専念しろ!」
「はいはい」

 シルヴィエは思わぬところで秘密を暴露されて顔を赤くした。

「しかたないだろう。長距離を馬車で移動するなんてあの旅が初めてだったんだから」
「そうだなー……。ばあさ……シルヴィエなりに足を引っ張らないようにしていたってことか」
「そうだ!」
「それにしても、あのやんちゃな王子たちが良くこの旅を了承したな」
「ふん、私の居ない間はクーロと遊び放題だと言ったら一発だったよ」
「シルヴィエ……お前……」


 やいのやいのと以外にも賑やかに旅は進んだ。
 やがて王都を出て、最初の街が見えてくる。

「あそこで休憩と飯にしよう。二人とも」
「ああ」

 カイはそう提案し、街に入って馬車を預けた。

「そこの店に入ろう」

 そして適当に、そこそこ席の埋まっている店を見つけて入った。

「いらっしゃい、酒が飯か?」
「飯が食いたい」
「はいよ」

 それだけ聞くと、店主は厨房にひっこんだ。

「あれだけでいいんですか? お金とか大丈夫です?」

 エリンはそれを見て心配そうな声を出す。
 すると、カイはふふっと可笑しそうに笑った。

「シルヴィエと同じことを言うんだな。さすが弟子だ」
「そ、そうですか……?」
「とりあえず心配はないよ。ここの客層は庶民だし、客も入ってるし、料理は周りが食べてるようなのが出てくる」
「なるほどー」

 大真面目に頷くエリン。それを見て、カイは彼女に質問をした。

「エリンは旅はしたことないのか?」
「うーんと、生まれ故郷から王都の叔父のところに働きに出て、そこからお師匠様の噂を聞いて弟子入りに飛び込んだので……最後に旅をしたのは七……八年前でしょうか……その時はまだ子供でしたし父親が付き添ってましたから」
「なるほど」

 カイがこりゃ第二のシルヴィエが生まれそうだ、と内心で思っていると、店主が料理を盛ってやって来た。
 豆のスープに、ローストした豚、それからパン。
 この国では一般的な定食だ。

「お、きたぞ」
「ああ」
「美味しそうです!」

 三人はとりあえず目の前の料理に取りかかることにした。

「ん、スープが美味い」
「そうだな、シルヴィエ。パンは?」
「貰おう」

 カイは大きなパンをちぎってシルヴィエに渡してやる。

「あらら……」

 エリンはその様子を見ながら、子供あつかいを嫌がる割にはせっせとお世話をされているなと思った。

「どうしたエリン」
「いいえ、なんでも。あ、このスープ美味しいですね!」
「ああ、この店はアタリだな!」

 だけど、それを言ったらシルヴィエはまたヘソを曲げそうなので、エリンはそっと話題を逸らすのだった。