「大丈夫、泣きたくなるようなことなんてないから」
「そうか? リリーはなんの悩みごともないの?」
「悩みごと……」
「ああ、聞かせておくれ」
今まさに目の前にいるユリウスが悩みごとだとは言いにくい。
あとは体が幼女になってしまった、とは荒唐無稽すぎて言えたものではない。
それ以外なら……。
「知り合いが何か隠し事をしていたとしたら、ユリウスはどうする?」
「え……?」
ユリウスはシルヴィエのその言葉にビクリとした。
秘密のかたまりのような彼女から、そんな言葉が出るとは思わなかったのだ。
「そうだな……」
ユリウスは言葉を選んで、そしてこう答えた。
「相手が話してくれるのを待つ、かな。聞いて答えてくれなかったら、何か理由があるんじゃないかって」
「理由……?」
「そう、その……話せない訳があるかってこと。内緒にしていたいとか、心配かけたくないとか……」
理由を挙げる度にユリウスはシルヴィエと自分のことを話しているように感じて、どんどん元気を無くしていっていたが、シルヴィエはまったくそのことに気付かずにふんふんと頷いていた。
「話したくない訳……か」
カイが自分に黙ってどこかに出かけたことにも、何か訳があるのだろうか、とシルヴィエは考えた。
「ならどうやったら話してくれるだろうか」
「え……と……、信頼関係じゃないかな」
「信頼……」
カイとの信頼関係か……あの旅の間には確かに確固たるものが間にあった気がするが、シルヴィエが幼女の姿になってしまってからは少し形が違ってしまったように思える。
「それが原因か! くだらない!」
シルヴィエが思わずそう口にすると、ユリウスはポカンとしてその顔を見た。
「君もそんな風に怒るんだね」
「え?」
そう言われてシルヴィエはユリウスを見た。
「そりゃあ……まあ……」
「うらやましいな」
「ん?」
「そんな風に君に思われるどこかの誰かがうらやましい」
そう言うユリウスは少し寂しそうだった。
「……別に、ちょっとした知り合いの話だよ」
「そうか。でも……君の本当の姿をその人は知ってるんだね」
「いや、まあ……」
それは確かにそうだ。ばあさんの姿も幼女の姿もカイは知っている。
だからと言って、それはユリウスがうらやましいと思うような類いのものとはシルヴィエは思えなかった。
「私の本当の姿を知ったら……ユリウスはきっと私を嫌いになるよ」
「嫌いに……?」
シルヴィエがそう答えると、ユリウスは青い瞳を大きく見開いて彼女を見た。
「君を嫌いになるなんて、ありえないよ」
「そんなことない」
シルヴィエは強くそう主張した。
一目惚れの相手の正体がばあさんで、しかもかつての教師だと知ったら恋心なぞ吹き飛ぶに決まっている。そうシルヴィエは確信している。
「じゃあ……リリーは俺に嫌われたくないって思ってるんだね」
「へ!?」
「だって、そうだろう。リリーは俺になにもかも秘密にしているんだもの」
「う、うぬぼれるな!」
「うぬぼれるよ。ね、そうなんだよね、リリー」
ユリウスはそう言いながら甘くシルヴィエに微笑みかけた。
それを見たシルヴィエの顔は見る間に真っ赤になっていく。
「ば、馬鹿者! 私はもう帰る!」
シルヴィエは居たたまれなくなってベンチから立ち上がり、東屋を出た。
そんなシルヴィエの手を、ユリウスは強く掴んだ。
「……また来週会おう。待っているよ」
「好きにしろ!」
シルヴィエはそう言って、逃げ出すようにしてその場から離れた。
「お帰りなさい、お早いお帰りで」
「ただいま……」
木立を駆け抜けて屋敷に帰ってきたシルヴィエを、エリンが出迎えた。
「なんだか顔が赤いですね。薬の副作用でしょうか」
「ち、違う!」
シルヴィエは思わずエリンを怒鳴りつけながら頬を手で覆った。
「そうですか。それならいいんですけど……あ、手紙が来てますよ」
「手紙?」
「ええ、これです」
エリンの差し出したのはひとつの書簡だった。
「誰だ……? 私に手紙なんて」
シルヴィエはその宛名を確かめた。
「ああ、ヴェンデリンじゃないか」
そこにある古い友人の名を目にしたシルヴィエはその手紙を開いた。
『友、シルヴィエよ。大いなる大役を果たされたと聞いた。久々に会いたいものだ』
その素っ気ない文章は確かに彼のものだ。
ヴェンデリンは友人としての付き合いは長いが、会ったことは二度三度ほど。
なぜなら彼の通称は『隠者』。
シルヴィエと同じく、世俗から離れて研究を続ける変わり者だったからだ。
いや、もしかするとシルヴィエよりも世間離れしているかもしれない。
一応は王宮の中に住んでいるシルヴィエと違って彼の家は山間の洞窟にあったからだ。
「そうだな、久し振りに会いたいな」
そう呟いて、ふっとシルヴィエは思いついた。
もしかしたらヴェンデリンなら、この身が縮んだことの解決策を示してくれるかもしれない、と。
「エリン! エリン!」
「なんですかー?」
「私は旅に出るぞ!」
シルヴィエは手紙を握りしめて、エリンを呼び、高らかに宣言した。
隠者ヴェンデリンに会い、元の姿に戻る。
そう決意して。
「そうか? リリーはなんの悩みごともないの?」
「悩みごと……」
「ああ、聞かせておくれ」
今まさに目の前にいるユリウスが悩みごとだとは言いにくい。
あとは体が幼女になってしまった、とは荒唐無稽すぎて言えたものではない。
それ以外なら……。
「知り合いが何か隠し事をしていたとしたら、ユリウスはどうする?」
「え……?」
ユリウスはシルヴィエのその言葉にビクリとした。
秘密のかたまりのような彼女から、そんな言葉が出るとは思わなかったのだ。
「そうだな……」
ユリウスは言葉を選んで、そしてこう答えた。
「相手が話してくれるのを待つ、かな。聞いて答えてくれなかったら、何か理由があるんじゃないかって」
「理由……?」
「そう、その……話せない訳があるかってこと。内緒にしていたいとか、心配かけたくないとか……」
理由を挙げる度にユリウスはシルヴィエと自分のことを話しているように感じて、どんどん元気を無くしていっていたが、シルヴィエはまったくそのことに気付かずにふんふんと頷いていた。
「話したくない訳……か」
カイが自分に黙ってどこかに出かけたことにも、何か訳があるのだろうか、とシルヴィエは考えた。
「ならどうやったら話してくれるだろうか」
「え……と……、信頼関係じゃないかな」
「信頼……」
カイとの信頼関係か……あの旅の間には確かに確固たるものが間にあった気がするが、シルヴィエが幼女の姿になってしまってからは少し形が違ってしまったように思える。
「それが原因か! くだらない!」
シルヴィエが思わずそう口にすると、ユリウスはポカンとしてその顔を見た。
「君もそんな風に怒るんだね」
「え?」
そう言われてシルヴィエはユリウスを見た。
「そりゃあ……まあ……」
「うらやましいな」
「ん?」
「そんな風に君に思われるどこかの誰かがうらやましい」
そう言うユリウスは少し寂しそうだった。
「……別に、ちょっとした知り合いの話だよ」
「そうか。でも……君の本当の姿をその人は知ってるんだね」
「いや、まあ……」
それは確かにそうだ。ばあさんの姿も幼女の姿もカイは知っている。
だからと言って、それはユリウスがうらやましいと思うような類いのものとはシルヴィエは思えなかった。
「私の本当の姿を知ったら……ユリウスはきっと私を嫌いになるよ」
「嫌いに……?」
シルヴィエがそう答えると、ユリウスは青い瞳を大きく見開いて彼女を見た。
「君を嫌いになるなんて、ありえないよ」
「そんなことない」
シルヴィエは強くそう主張した。
一目惚れの相手の正体がばあさんで、しかもかつての教師だと知ったら恋心なぞ吹き飛ぶに決まっている。そうシルヴィエは確信している。
「じゃあ……リリーは俺に嫌われたくないって思ってるんだね」
「へ!?」
「だって、そうだろう。リリーは俺になにもかも秘密にしているんだもの」
「う、うぬぼれるな!」
「うぬぼれるよ。ね、そうなんだよね、リリー」
ユリウスはそう言いながら甘くシルヴィエに微笑みかけた。
それを見たシルヴィエの顔は見る間に真っ赤になっていく。
「ば、馬鹿者! 私はもう帰る!」
シルヴィエは居たたまれなくなってベンチから立ち上がり、東屋を出た。
そんなシルヴィエの手を、ユリウスは強く掴んだ。
「……また来週会おう。待っているよ」
「好きにしろ!」
シルヴィエはそう言って、逃げ出すようにしてその場から離れた。
「お帰りなさい、お早いお帰りで」
「ただいま……」
木立を駆け抜けて屋敷に帰ってきたシルヴィエを、エリンが出迎えた。
「なんだか顔が赤いですね。薬の副作用でしょうか」
「ち、違う!」
シルヴィエは思わずエリンを怒鳴りつけながら頬を手で覆った。
「そうですか。それならいいんですけど……あ、手紙が来てますよ」
「手紙?」
「ええ、これです」
エリンの差し出したのはひとつの書簡だった。
「誰だ……? 私に手紙なんて」
シルヴィエはその宛名を確かめた。
「ああ、ヴェンデリンじゃないか」
そこにある古い友人の名を目にしたシルヴィエはその手紙を開いた。
『友、シルヴィエよ。大いなる大役を果たされたと聞いた。久々に会いたいものだ』
その素っ気ない文章は確かに彼のものだ。
ヴェンデリンは友人としての付き合いは長いが、会ったことは二度三度ほど。
なぜなら彼の通称は『隠者』。
シルヴィエと同じく、世俗から離れて研究を続ける変わり者だったからだ。
いや、もしかするとシルヴィエよりも世間離れしているかもしれない。
一応は王宮の中に住んでいるシルヴィエと違って彼の家は山間の洞窟にあったからだ。
「そうだな、久し振りに会いたいな」
そう呟いて、ふっとシルヴィエは思いついた。
もしかしたらヴェンデリンなら、この身が縮んだことの解決策を示してくれるかもしれない、と。
「エリン! エリン!」
「なんですかー?」
「私は旅に出るぞ!」
シルヴィエは手紙を握りしめて、エリンを呼び、高らかに宣言した。
隠者ヴェンデリンに会い、元の姿に戻る。
そう決意して。