***

 そうこうしているうちに、一週間が終わった。
 カイのことも心配だが、もうひとつの厄介事がシルヴィエを待っている。

「今日はこいつを試してみる日だから」

 シルヴィエは自分にそう言い聞かせ、特製の超濃縮魔力回復薬を飲み込んだ。

「お……おお……」

 飲み込んでしばらく経つと、体に魔力は充実していくのを感じた。
 それと同時に手足が伸びていく。
 シルヴィエは鏡の前でその様子をつぶさに観察した。
 最初はもうすでに見慣れた幼女の姿、それが少女の姿になっていく。

「もう一声かな」

 シルヴィエはさらに追加して魔力回復薬を飲み込んだ。
 すると、ようやく大人の女性……ユリウスに「リリー」と名乗った姿に変貌
を遂げた。

「これで良し」

 シルヴィエは鏡の中の自分をじっと見た。
 そしてこうまでして本当にユリウスとの約束を守る必要があるのだろうか、と思う。
 そんなことせずにあの待ち合わせ場所で待ちぼうけを食らわせれば、いつかユリウスも諦めるだろうと。

「なんで私は……」

 自分の行動に合理的な理由を見つけられないシルヴィエの脳裏に、ユリウスのあの柔らかな微笑みが脳裏に浮かんだ。

「……行くか」

 生徒として受け持っていた頃のユリウスは真面目でいい子だった。
 だけど、レオンほどではないにしろ少し気弱でシルヴィエに叱られる度によくメソメソしていた。
 その頃の記憶のせいで、ユリウスには強く出られないのかもしれない、とシルヴィエは考えた。

 ……そんなものはただの言い訳を連ねたものでしかない。
 シルヴィエの本当の気持ちを、彼女自身が認めようとしない限り、この戸惑いからは逃れられないのに。



「やあ! 本当に来てくれたんだね」
「ああ……約束だから」

 待ち合わせの王城の裏庭で、ユリウスはシルヴィエの姿を見つけると、パッと花の咲いたように笑った。
 シルヴィエはそれを目にすると、何だか気恥ずかしくてふいっと目を逸らす。

「今日は何処にいこうか」
「王子がそんなに気軽にあちこち出歩いていいものではないだろう」

 うきうきとしているユリウスに、シルヴィエは思わず注意した。
 例え何かあっても全力で彼を守るつもりではあるが、この国の国政を担う次代の王としての自覚があまりにないのではないかと思って。

「大丈夫さ、こないだだって王族とはバレなかったし、前にも言ったように俺も腕に覚えがある」
「バレてはいなかったようだけど……」

 その代わり、若い娘たちから遠慮無く熱い視線を受けていたけどね、とシルヴィエは心の中で独りごちた。

「まあ、町歩きも楽しかったけれど……今日はゆっくりと過ごそうか」
「ゆっくり……?」
「この先に池がある。そこでおしゃべりでもどうかな……その、君の話したくないことは話さなくてもいいけど……だめかい?」

 だめか、と聞きながらユリウスはもう今日の過ごし方を決めてしまっているようだった。

「……分かった」

 今日はシルヴィエも街には用はない。
 それでユリウスが納得するなら、と頷いた。

「私と話をして楽しいなんて変わっている」
「そうかな?」
「ああ、変わってる」
「まあいいや、こっちだよ」

 シルヴィエはユリウスの後を付いていきながら、人避けの結界を張った。

「ほら、ここだ」

 そこには鬱蒼とした茂みと池があった。
 ろくに手入れもされていないそこはそこで荒々しいような美しさがあった。

「時々考え事をしたり、昼寝をしたりしに来るんだ。そうだ、魚を釣ったりも……しまったな、竿を持ってくれば良かった」

 そう言うユリウスの表情はまるで少年のようだった。
 シルヴィエは少し懐かしいような気持ちになって、ユリウスに聞いた。

「先生に叱られたりしたら来たのか?」
「……ああ。厳しい先生がいてね」

 ユリウスは少し気まずい顔をして頷いた。
 それはきっと自分のことだろうな、と思いながら、池の端にある東屋の中のベンチに腰掛ける。
 ユリウスもその隣に座り、シルヴィエの顔を覗き込んだ。

「誰にだってあるだろう、そんな秘密の場所が」
「……私には無かった」
「そうなのか?」
「ああ……」

 聖女としてのシルヴィエは自分を不幸とは思っていなかった。
 むしろ世俗的な感情からは離れていて、泣いたりわめいたりすることはいけないことだと思っていた。

「……じゃあ、この場所をそうするといいよ」
「え?」
「泣きたくなったりしたらここにおいで。そしたら俺も側に居てやれるかもしれないし……」
「あ、ああ……」

 自分に向けられるユリウスの邪気のない表情に、胸のどこかがギュウとなるのをシルヴィエは感じていた。