「さて……」
ユリウスと例の場所で別れ、買って来たものをシルヴィエは書斎のテーブルに並べた。
「何をするつもりなんです?」
エリンがその様子を見てどこかワクワクした様子で近寄ってくる。
「魔力回復薬を作る」
「いまさらそんなものを?」
「魔力吸引で大人にまで戻ると分かった。だからだよ」
「でも魔力回復薬で回復する魔力なんて大したことないじゃないですか」
そういうエリンに、シルヴィエはNOと指を突きつけた。
「ああ。だから高濃度……いや超高濃度の魔力回復薬を作ってみようかと」
「だからこの量……ですか」
「そういうことだ」
店にあったありったけの薬草に魔力触媒。これだけあれば本来は普通レベルの魔力回復薬を二十本ほど作れるだろう。
さらに、シルヴィエ独自の製法ならばその効果はさらに高まる。
今回はそれに改良を加え、限界まで効果を高めるのを目標にするつもりだ。
「そちらの魔石は? いい魔石ですね。高かったでしょう」
「こっちは保険だ。ロッドにつける。小さい体だと魔力量とコントロールが落ちる。もしもの時に力を発揮できないでは賢者の名が泣くからな」
「わかりました。その加工はあたしにお任せください」
「ああ、頼むよ」
ロッドの加工をエリンに任せ、シルヴィエは超魔力回復薬の製作に入った。
キッチンの横にしつらえた魔法薬研究の為のスペース。
そこの一番大きな寸胴鍋に薬草を入れ、水で煮だしていく。
それを何回も繰り返し、魔力触媒を加えてシルヴィエ特製の魔法陣を経て魔力を流し、さらにそれを蒸留して濃縮していく……。
「うわー……これは強烈だねぇ」
そして出来上がったどろりとした茶色い液体の匂いを嗅いだシルヴィエは顔をしかめた。
恐る恐る一口舐めてみる。
「びえっ……ごほごほ! ひどい味だ」
激しい臭気とひどい苦みがシルヴィエの口内を襲った。
「大丈夫ですかぁ?」
あまりの味に悲鳴をあげたシルヴィエの様子を、エリンが覗きにきた。
「ああ……濃縮は上手くいったんだけどね……これを飲み込むのはキツいわ」
「うーん、それなら飴がけとかにしたらどうですかね。甘いので包んで小さくしてゴクンってしたら苦くないかも」
「そりゃいい考えだ」
こうして糖衣錠にした超濃縮魔法回復薬が出来上がった。
「効き目はどうだろうね」
「飲んでみます?」
「ああ」
ぱくりとシルヴィエは臆する事無くそれを飲み込んだ。
「……」
「どうです?」
「魔力が増えてる感覚はする。見た目はどうだい?」
「ううーん、それは変わらないです」
そうか、とシルヴィエはがっかりした。
あの命を賭けるほどの魔力放出を購える程の威力はこの魔法薬にはないようだ。
「せいぜい大人の姿になるくらいかね」
「そうですねぇ……」
それならば外出の度にエリンに負担をかけないですむ。
まったくの無駄では無かった、とシルヴィエは自分に言い聞かせた。
「ロッドはどうだい」
「こんな感じです」
エリンはロッドを見せてきた。金の針金で器用にロッドの先に魔石をはめ込んである。
「こういうことを頼むのならエリンだね」
「ありがとうございます」
久し振りにシルヴィエから褒められて、エリンは嬉しそうににやにやと笑った。
『あるじー、へんなにおいがしますよー』
充満する薬草の匂いに、クーロだけが不満げにウロウロと家中を歩き回っている。
「ごめん、ごめん。換気するから」
こうして慌ただしい休日の一日は終わった。
***
「ふあーあ」
次の日、朝起きるとやはり子供の姿に戻っていた。
「やっぱりね」
大人の姿を保てるのはエリンがふらつく程度の魔力を持ってしても、一日くらいが限界らしい。元の姿にすっかり戻そうとしたら……どれほどの人数の魔力が必要なのだろうか。
元の暮らしを取り戻す為、生徒の信頼を得る為、そしてユリウスの目を覚まさせる為、シルヴィエはなんとしてもその方法を見つけださねばならないと思った。
シルヴィエは情報を整理しながら着替えをする。
『あるじー! はやくいきましょう』
「待て待て、クーロ」
『ああ、ぼくがあるじを乗せられるくらい大きかったらよかったのに』
「そのうちなるさ、そのうちにね」
そんな風に道々クーロと話しながら、シルヴィエは今日も生徒達の元へと向かう。
「おはよう、諸君」
「あ、おはようございます」
「おはようございます」
シルヴィエの姿を見つけて、ルーカスとレオンは挨拶を返す。
ところが居るはずのもう一人がどうも見当たらない。
「おや……カイはどうした?」
「なんだか用事があるそうで、数日留守にするそうです」
「ふーん、まぁ居ないなら居ないでいいんだけどね」
そもそも王から押しつけられた護衛、もとい見張りなのだ。
そんなものは必要ない! とシルヴィエは内心苦々しく思っていた。
だから本来ならば気分スッキリ晴れ晴れとした気持ちになるはずなのだが、どうもなにかひっかかる。
「ルーカス、なにか訳を聞いているか?」
「ううん」
「ぼくも知らない!」
「お前は黙ってろよ、レオン」
「えええん……」
今日もさっそくぐずりはじめたレオンにクーロを押しつけ、シルヴィエはふっと遠くの空を見た。
「『勇者』に用事なんてもう無いはずだぞ……」
そう、魔王を封印したことで魔物達の動きは鈍化した。
知恵ある魔物は結界の向こうの魔族の国から出て来ないし、そこらの大したことない魔物は散り散りになってさほど脅威ではないはずだ。
今は平和な時代。カイが田舎で昼寝をしていても平気な時代のはず。その為にシルヴィエ達は命を賭けて戦ったのだから……。
「何処にいったんだ、カイ」
シルヴィエは胸のざわめきを感じて一人、そう呟いた。
ユリウスと例の場所で別れ、買って来たものをシルヴィエは書斎のテーブルに並べた。
「何をするつもりなんです?」
エリンがその様子を見てどこかワクワクした様子で近寄ってくる。
「魔力回復薬を作る」
「いまさらそんなものを?」
「魔力吸引で大人にまで戻ると分かった。だからだよ」
「でも魔力回復薬で回復する魔力なんて大したことないじゃないですか」
そういうエリンに、シルヴィエはNOと指を突きつけた。
「ああ。だから高濃度……いや超高濃度の魔力回復薬を作ってみようかと」
「だからこの量……ですか」
「そういうことだ」
店にあったありったけの薬草に魔力触媒。これだけあれば本来は普通レベルの魔力回復薬を二十本ほど作れるだろう。
さらに、シルヴィエ独自の製法ならばその効果はさらに高まる。
今回はそれに改良を加え、限界まで効果を高めるのを目標にするつもりだ。
「そちらの魔石は? いい魔石ですね。高かったでしょう」
「こっちは保険だ。ロッドにつける。小さい体だと魔力量とコントロールが落ちる。もしもの時に力を発揮できないでは賢者の名が泣くからな」
「わかりました。その加工はあたしにお任せください」
「ああ、頼むよ」
ロッドの加工をエリンに任せ、シルヴィエは超魔力回復薬の製作に入った。
キッチンの横にしつらえた魔法薬研究の為のスペース。
そこの一番大きな寸胴鍋に薬草を入れ、水で煮だしていく。
それを何回も繰り返し、魔力触媒を加えてシルヴィエ特製の魔法陣を経て魔力を流し、さらにそれを蒸留して濃縮していく……。
「うわー……これは強烈だねぇ」
そして出来上がったどろりとした茶色い液体の匂いを嗅いだシルヴィエは顔をしかめた。
恐る恐る一口舐めてみる。
「びえっ……ごほごほ! ひどい味だ」
激しい臭気とひどい苦みがシルヴィエの口内を襲った。
「大丈夫ですかぁ?」
あまりの味に悲鳴をあげたシルヴィエの様子を、エリンが覗きにきた。
「ああ……濃縮は上手くいったんだけどね……これを飲み込むのはキツいわ」
「うーん、それなら飴がけとかにしたらどうですかね。甘いので包んで小さくしてゴクンってしたら苦くないかも」
「そりゃいい考えだ」
こうして糖衣錠にした超濃縮魔法回復薬が出来上がった。
「効き目はどうだろうね」
「飲んでみます?」
「ああ」
ぱくりとシルヴィエは臆する事無くそれを飲み込んだ。
「……」
「どうです?」
「魔力が増えてる感覚はする。見た目はどうだい?」
「ううーん、それは変わらないです」
そうか、とシルヴィエはがっかりした。
あの命を賭けるほどの魔力放出を購える程の威力はこの魔法薬にはないようだ。
「せいぜい大人の姿になるくらいかね」
「そうですねぇ……」
それならば外出の度にエリンに負担をかけないですむ。
まったくの無駄では無かった、とシルヴィエは自分に言い聞かせた。
「ロッドはどうだい」
「こんな感じです」
エリンはロッドを見せてきた。金の針金で器用にロッドの先に魔石をはめ込んである。
「こういうことを頼むのならエリンだね」
「ありがとうございます」
久し振りにシルヴィエから褒められて、エリンは嬉しそうににやにやと笑った。
『あるじー、へんなにおいがしますよー』
充満する薬草の匂いに、クーロだけが不満げにウロウロと家中を歩き回っている。
「ごめん、ごめん。換気するから」
こうして慌ただしい休日の一日は終わった。
***
「ふあーあ」
次の日、朝起きるとやはり子供の姿に戻っていた。
「やっぱりね」
大人の姿を保てるのはエリンがふらつく程度の魔力を持ってしても、一日くらいが限界らしい。元の姿にすっかり戻そうとしたら……どれほどの人数の魔力が必要なのだろうか。
元の暮らしを取り戻す為、生徒の信頼を得る為、そしてユリウスの目を覚まさせる為、シルヴィエはなんとしてもその方法を見つけださねばならないと思った。
シルヴィエは情報を整理しながら着替えをする。
『あるじー! はやくいきましょう』
「待て待て、クーロ」
『ああ、ぼくがあるじを乗せられるくらい大きかったらよかったのに』
「そのうちなるさ、そのうちにね」
そんな風に道々クーロと話しながら、シルヴィエは今日も生徒達の元へと向かう。
「おはよう、諸君」
「あ、おはようございます」
「おはようございます」
シルヴィエの姿を見つけて、ルーカスとレオンは挨拶を返す。
ところが居るはずのもう一人がどうも見当たらない。
「おや……カイはどうした?」
「なんだか用事があるそうで、数日留守にするそうです」
「ふーん、まぁ居ないなら居ないでいいんだけどね」
そもそも王から押しつけられた護衛、もとい見張りなのだ。
そんなものは必要ない! とシルヴィエは内心苦々しく思っていた。
だから本来ならば気分スッキリ晴れ晴れとした気持ちになるはずなのだが、どうもなにかひっかかる。
「ルーカス、なにか訳を聞いているか?」
「ううん」
「ぼくも知らない!」
「お前は黙ってろよ、レオン」
「えええん……」
今日もさっそくぐずりはじめたレオンにクーロを押しつけ、シルヴィエはふっと遠くの空を見た。
「『勇者』に用事なんてもう無いはずだぞ……」
そう、魔王を封印したことで魔物達の動きは鈍化した。
知恵ある魔物は結界の向こうの魔族の国から出て来ないし、そこらの大したことない魔物は散り散りになってさほど脅威ではないはずだ。
今は平和な時代。カイが田舎で昼寝をしていても平気な時代のはず。その為にシルヴィエ達は命を賭けて戦ったのだから……。
「何処にいったんだ、カイ」
シルヴィエは胸のざわめきを感じて一人、そう呟いた。