かつては聖女として護国の祈りを捧げ、その後も研鑽を積み続けた女性がいた。
膨大な魔力と知識を有した彼女のことを人は敬意を表し『大賢者』と呼ぶ。
シルヴィエ・リリエンクローン。白銀の髪に深淵なる紫の瞳をした、この国……ルベルニアの生ける伝説の一人である。
「私も同行しましょう」
「……シルヴィエ殿。ご自分が何を言っているかお分かりなのか」
「なに、まだまだ若い者にはひけをとりません。……私は必ず帰ってきます。そうしたらお約束の通り王子達の家庭教師を引き受けますよ」
後は悠々自適な余生を、という歳だが、シルヴィエはこの危機にただじっとしていることは出来なかった。
――魔王復活。その報告に世界は震え上がった。
そこで動いたのは大国ルベルニアである。この国の持つ神剣ラグナルスはどんな魔も打ち破り、魔王を封印する力を持つ。
「大丈夫なのかよ、ばあさん。旅は過酷だぞ」
「ばあさんじゃない。シルヴィエさんと呼びなさい」
神託でラグナルスを持つ者として選ばれた勇者カイは胡散臭そうにシルヴィエを見た。
しかし、封印には神剣を支柱として封印の紋を施さねばならない。その技と必要な魔力を持つ者として、実際シルヴィエ以上の適任者は居なかった。
だからこそ、国王も渋々ながら同行を認めたのだった。
確かに旅は過酷だった。幾度も魔王軍とぶつかり、戦い、血を流し、悲しい別れもあり……。
そうして、やっと魔王の居所を掴むまで三年の月日がかかった。
「ばあさん、いよいよだな」
「だからシルヴィエさんと……まあもういいよ」
魔王城を前にしてカイはシルヴィエにそう呼びかける。態度こそ初めと代わりはないがそこにはこの旅で今まで培ってきた絆があった。
「行け! ラグナルス!」
魔王の体に深々と突き刺された神剣。シルヴィエは素早く封印紋を描き、そこに魔力を注ぐ。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
「……!? まだ動くの?」
しかし、魔王はそれに抗うような咆吼をあげた。
予想外の事態に聖女カレンが前に出て助勢しようとする。シルヴィエはそれを手で制した。
「逃げな。カイ達を連れて」
「そんな、でもこのままでは……」
「任せなさい、必ずここは食い止める。私はもう十分生きた! お前達は若いんだからまだこれからだろう」
「オオオオオオオオ!!」
シルヴィエの魔力の波動がさらに渦巻き、魔王の断末魔の叫びが木霊した。
しかし、渾身の魔力はその勢いを仲間達にも容赦なく向ける。
「近くに居ては危険だ! 下がれー!」
その叫びを最後に――大賢者シルヴィエの姿は……消えた。
「ば、ばあさん……」
「シルヴィア様……」
魔王は封印紋に飲み込まれた。しかし……魔王討伐達のパーティの面々は呆然としている。
幾度も仲間の危機を救い、時には母のように叱り、ずっと側にいたシルヴィエがいない。
――ただそこに、シルヴィエの着ていたローブだけが残され、抜け殻のように床に落ちていた。
「シルヴィエ様は……最後の力を使って魔王を……」
「くそっ、こんなことってあるかよ!」
カイは苛立ちのまま地面を叩いた。
「くそっ……くそっ……ばあさん……!」
その叫びは魔王の城の広間に空しく響く――。
「ばあさんじゃないって何度言ったら分かるんだい」
「へ?」
思わぬ返答の声にカイはキョロキョロとあたりを見渡した。
「うーん……どうやら封印は成功したようだね」
「ば、ばあさん?」
「だから、ばあさんじゃないと……」
「ど、どうしちゃったんだよ!」
「……え?」
その時シルヴィエは気付いた。立ち上がっているはずなのにカイがやたら大きい。
そしてローブがぶかぶかだ。
「シルヴィア様……これを……」
聖女カレンが何か申し訳無さそうな顔をして手鏡を手渡してくる。
それを覗き込んだシルヴィエは驚愕した。
「なんじゃこれーーーー!!!!!」
そこには十歳にも満たない、そう……ちょうど八歳くらいの女の子が映っている。
その髪は白銀で瞳は紫……シルヴィエとまったく同じだった。
「大変だ、ばあさんが小さくなった!」
「な、な、な……こんなの聞いてないーっ」
シルヴィエは手鏡を握りしめたまま絶叫した。
膨大な魔力と知識を有した彼女のことを人は敬意を表し『大賢者』と呼ぶ。
シルヴィエ・リリエンクローン。白銀の髪に深淵なる紫の瞳をした、この国……ルベルニアの生ける伝説の一人である。
「私も同行しましょう」
「……シルヴィエ殿。ご自分が何を言っているかお分かりなのか」
「なに、まだまだ若い者にはひけをとりません。……私は必ず帰ってきます。そうしたらお約束の通り王子達の家庭教師を引き受けますよ」
後は悠々自適な余生を、という歳だが、シルヴィエはこの危機にただじっとしていることは出来なかった。
――魔王復活。その報告に世界は震え上がった。
そこで動いたのは大国ルベルニアである。この国の持つ神剣ラグナルスはどんな魔も打ち破り、魔王を封印する力を持つ。
「大丈夫なのかよ、ばあさん。旅は過酷だぞ」
「ばあさんじゃない。シルヴィエさんと呼びなさい」
神託でラグナルスを持つ者として選ばれた勇者カイは胡散臭そうにシルヴィエを見た。
しかし、封印には神剣を支柱として封印の紋を施さねばならない。その技と必要な魔力を持つ者として、実際シルヴィエ以上の適任者は居なかった。
だからこそ、国王も渋々ながら同行を認めたのだった。
確かに旅は過酷だった。幾度も魔王軍とぶつかり、戦い、血を流し、悲しい別れもあり……。
そうして、やっと魔王の居所を掴むまで三年の月日がかかった。
「ばあさん、いよいよだな」
「だからシルヴィエさんと……まあもういいよ」
魔王城を前にしてカイはシルヴィエにそう呼びかける。態度こそ初めと代わりはないがそこにはこの旅で今まで培ってきた絆があった。
「行け! ラグナルス!」
魔王の体に深々と突き刺された神剣。シルヴィエは素早く封印紋を描き、そこに魔力を注ぐ。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
「……!? まだ動くの?」
しかし、魔王はそれに抗うような咆吼をあげた。
予想外の事態に聖女カレンが前に出て助勢しようとする。シルヴィエはそれを手で制した。
「逃げな。カイ達を連れて」
「そんな、でもこのままでは……」
「任せなさい、必ずここは食い止める。私はもう十分生きた! お前達は若いんだからまだこれからだろう」
「オオオオオオオオ!!」
シルヴィエの魔力の波動がさらに渦巻き、魔王の断末魔の叫びが木霊した。
しかし、渾身の魔力はその勢いを仲間達にも容赦なく向ける。
「近くに居ては危険だ! 下がれー!」
その叫びを最後に――大賢者シルヴィエの姿は……消えた。
「ば、ばあさん……」
「シルヴィア様……」
魔王は封印紋に飲み込まれた。しかし……魔王討伐達のパーティの面々は呆然としている。
幾度も仲間の危機を救い、時には母のように叱り、ずっと側にいたシルヴィエがいない。
――ただそこに、シルヴィエの着ていたローブだけが残され、抜け殻のように床に落ちていた。
「シルヴィエ様は……最後の力を使って魔王を……」
「くそっ、こんなことってあるかよ!」
カイは苛立ちのまま地面を叩いた。
「くそっ……くそっ……ばあさん……!」
その叫びは魔王の城の広間に空しく響く――。
「ばあさんじゃないって何度言ったら分かるんだい」
「へ?」
思わぬ返答の声にカイはキョロキョロとあたりを見渡した。
「うーん……どうやら封印は成功したようだね」
「ば、ばあさん?」
「だから、ばあさんじゃないと……」
「ど、どうしちゃったんだよ!」
「……え?」
その時シルヴィエは気付いた。立ち上がっているはずなのにカイがやたら大きい。
そしてローブがぶかぶかだ。
「シルヴィア様……これを……」
聖女カレンが何か申し訳無さそうな顔をして手鏡を手渡してくる。
それを覗き込んだシルヴィエは驚愕した。
「なんじゃこれーーーー!!!!!」
そこには十歳にも満たない、そう……ちょうど八歳くらいの女の子が映っている。
その髪は白銀で瞳は紫……シルヴィエとまったく同じだった。
「大変だ、ばあさんが小さくなった!」
「な、な、な……こんなの聞いてないーっ」
シルヴィエは手鏡を握りしめたまま絶叫した。