「もしもし、香?」

「あ、お母さん…ごめんね、お風呂入ってた。」

「あらそ、ならいいけど。」

「どうしたの……?何か用事でもあった?」

どうにもこうにも大人になった今でさえ苦手意識はぬぐえない。
母の前では幾つになってもおどおどしてしまう。

母は私を否定しかしないのは知っているから、私も彼女には子供の頃から何も期待してはいなかった。

「別に用事はありやしないよ。なんだい、親が用事もなけりゃあ子供の携帯に電話をかけちゃいけないのかい」

「そういうわけじゃあないけれど…」

電話越し、ふぅっと母がため息を吐くのが分かった。 それを聞くたびに私がどれだけ暗い気持ちになっているのかを彼女はきっと知らないだろう。

「じゃあなんだっていうんだい。 それより香、きちんとお勤めはしているの?」

「うん、大丈夫。」

「それならばいいけど…阿久津フーズファクトリーは一流の企業だ。
香がそんないい所に就職出来てご近所さんでもお母さんは鼻が高いんだよ。」

「そう……」