彼は自分のリュックから一冊の文庫本を引っぱり出して、真樹に見せた。

『僕の式神は(キツネ)(ひめ)さま!  麻木マキ』

「それ……、あたしが書いてるシリーズの記念すべき一作目……だよね」

 真樹はデビューしてから五冊の著書を出している。初期の二作は単発作品だけれど、半年前に初版が出たこの本から始まった「狐姫」シリーズが、彼女の代表作になっている。近々TVアニメ化されるらしい、とネットで(ウワサ)されているほどの人気である。

「そ。シリーズ全作持ってるぜ。その前の二冊もな」

「へえ……」

 真樹はリアクションに困る。

(嬉しいけど、「どういう風の吹き回し?」とも思うし……。だって――)

 彼は中学の頃、真樹がノートに書いていた小説の下書きを横から盗み読み、「ダセぇ」とか何とかこきおろしていたのに。

「……なに、その()っすいリアクション? 嬉しくねえのかよ?」

「そりゃあ、嬉しいよ。嬉しいけどさぁ。中学の時、あたしの小説を『ダっセぇ!』って一蹴(いっしゅう)したのはどこの誰だったかなー?」

「……えっ? 俺そんなこと言ったっけ?」

「言ったじゃん。覚えてないの?」

 わざとなのか素なのか、すっとぼける岡原に、真樹は眉を八の字にして言った。

 彼は数秒間考え込んでから、やっと返事をした。困ったように、首を(ひね)って。

「……悪りぃ。マジで覚えてねえや」

 どうやら、さっきのとぼけた顔は素だったらしい。真樹は脱力し、怒る気力も()がれた。

「覚えてないならいい。あたしの方こそ、イヤミったらしく言ってゴメン」

 中学時代には小説を(けな)されていたけれど、今ではすっかり真樹の作品のファンなのだ。もう昔のことは忘れようと彼女は決心した。

「――あ、そうだ。あたしね、岡原からもらったボタン、今でも捨てずに大事に取ってあるんだよ」

「……へえ。俺はあんなモン、とっくに捨てられてると思ってたけど」

 何せ、真樹に渡した時の理由が理由だったので、怒るか気を悪くしただろうと岡原は思っていたようだ。