「おはようございます、佐伯さん。行ってきま~す!」

 共用部で()き掃除をしていた佐伯さんは、いつもの()()寿()顔で真樹に挨拶を返す。

「ああ、おはよう。今日が同窓会だったね。行ってらっしゃい」

「は~い!」

 ――池袋駅へ向かうバスの座席は、思いのほか空いていた。真樹は一番後ろの窓際の席に座り、外の景色を眺めながら五年前に思いを()せる。

 中三の夏休み、真樹の一家は中学の学区内だった渋谷区内から現在住んでいる豊島区内に引越した。抽選で、豊島区の公営住宅に当たったのだ。

 そして彼女はその二学期から卒業までの半年間、(えっ)(きょう)通学をしていた。今日のように、バスと電車を乗り継いで――。

 卒業式の日の朝、この路線バスの車窓から見た景色を、真樹は今でも覚えている。

(……あれから、街の景色もずいぶん変わったなぁ)

 東京の街は、毎日めまぐるしく変化していく。古い店舗が次々となくなり、新店がオープンしている。

 そして、変わったのは真樹自身もだ。

 あの当時は、中学校のセーラー服がバスや電車の車内で浮いているんじゃないかと毎日ドキドキしていた。
 それでも半年間、頑張って通い続けた。友達や、岡原と一緒に卒業したかったから。

 もし今住んでいる学区の中学校に転校していたら、別の未来が待っていたのだろうか。岡原のことをスッパリ諦めて、新しい恋をして、彼氏ができて――。

(いやいやいやいや! そんな簡単に諦められたら誰も苦労しないって!)

 想像を途中で打ち切り、真樹は心の中でブンブンと首を振った。
 だって、あれだけ本気で想い続けていたのだ。「転校するからはいサヨナラ」なんて、この恋をなかったことにできるわけがない。きっと転校してからも、ズルズルと彼のことを引きずっていただろうことは、容易に想像できる。