彼はきっと、この店にも著書が並んでいる〈麻木マキ〉が、自分の応対をしてくれた彼女だと気づいていないだろう。

 ――時刻は夕方四時近く。早めに新学期が始まった私立の高校だろうか、制服のブレザー姿の女子高生二人が参考書を買いにきて、真樹はもう一人のバイト店員の男の子と彼女達のレジ対応をした。

「――麻木さん、四時になったら上がっていいから。今日もお疲れさん」

「はい。――あ、店長! ちょっとご相談があるんですけど……」

 真樹は退勤時間になってやっと、店長に例の件――祝日である二十九日に休みをもらえるかについて話すことができた。

 お昼休憩の時にでも話を切り出せたらよかったのだけれど、休憩は交代でとることになっているので話す時間がなかった。
 かといって、仕事中に個人的な話をするわけにもいかなかったし――。

「いいよ。じゃあ、二階の事務所で聞かせてもらおうかな」

「はい」

 ――この店は二階にも売り場があり、そのバックヤードにスタッフの休憩室兼ロッカールームと事務所がある。

「……で、麻木さん。相談って何かな?」

「あの……、申し訳ないんですけど。二十九日、お休みを頂けないかな……と」

 真樹はとても言いにくそうに、恐縮しながら話を切り出した。

「二十九日? 差し(つか)えなければ理由も聞かせてくれるかな?」

「はい……。あの、中学校の同窓会があるんです。で、きのう元同級生から電話がかかってきて、『どうしても来てほしい』って言われちゃって……」

 ゴメン、岡原! あんたを悪者にさせてもらうね。――真樹は心の中で、彼に()びた。

「祝日なんで、店側としては休まれちゃ困るって言うのは(じゅう)(じゅう)承知してますけど。とにかくそういう事情なんで……」