「乗って」
その言葉に我に返ると状況を把握するために辺りを見渡した。
いつの間にかホテルの地下駐車場で、桐人君は私を車に乗せるために助手席の扉を開けてくれていた。
「さっきのキス、嫌だった?」
助手席の扉に左手、右手を私の背中に添えながら桐人君に顔を覗き込まれ、私は思い切り目を見開いた。
「やっぱりあれはキスなんですか!?」
驚いて叫んで返すと、今度は桐人君が目を見開いた。
と思ったら束の間、プッと噴き出した。
「キスじゃないと思ったの?」
手の甲を口に当てて笑いを堪えながら桐人君が言う。
「だ、だって、し、したこと、ないですもんっ!」
しどろもどろで返すと、桐人君は余裕のある微笑を浮かべながら私を見る。
「もっとしてみる?」
まさかの提案に私は固まり、身動きが取れなくなった。
冗談だと思ったのは、一瞬だった。
少し離れていた桐人君が私にぴったりと隙間なく再びくっつくと、彼の長い指は私の唇の上を欲するように滑って、熱を宿したような精悍な双眸が私に向けられたまま近付いてくるから。