また...遊んでくれるんだ...。
私も、このまま退散するのは失礼だ。
「っ...あ、ありがとうっ...」
掠れて、小さくて、消えてしまいそうな声だったけど、それを聞いてくれた渋谷君と桐谷さんはとても驚いている。
これだけは、伝えとかないと...と思って。
よかった...ちゃんと声出た...。
「ぉぉおおおおお前っっっ! ここここここ声っっ!!」
渋谷君の喋り方が面白くて、私は思わず吹き出してしまう。
「あははっ...!」
私の笑う姿を見て、桐谷さんはとんでもなく驚いたように目を見開いた。
そしてすぐに笑顔を返してくれた。
私は皆が子犬たちと遊び始めたのを確認してから走り出した。
どこに如月君がいるかなんて分からない。
如月君に会って、何を言えばいいかも分からない。
でも、今はただ、君に逢いたくて堪らないから―――
逢いたい、逢いたい。
それ以外の理由なんていらない。
逢いたいっ...。
「はぁっ...はぁっ...」
数分間走り続けて、私の体力はもう限界だ。
両膝に手を着いて呼吸を整える。
どこにっ...いるのっ...?
もう、間違えないから。
昨日のように、何も言えなくなったりしない。
だってもう、私の答えは決まっているから。
神様...お願いです。
如月君に、逢わせてっ...。
もうあんな顔させないから、お願いしますっ...。
私の声は、神様に届いたのだろうか。
「きっ...如月、君っ...」
会えた...本当に...。
そこにはなんの感情も無いような顔をした如月君がいた。
如月君...私、如月君がどんな罪を犯そうとも、今の如月君が...
大大大好きだよ。
世界で一番、好き。
また、あの笑顔を見せて...私にだけ向けて欲しい。
如月君は私に気づいた途端に大きく動揺したように1歩後ずさりして、ダッと駆け出してしまう。
えっ!! ま、待ってっ! やっと見つけたのにっっ!!
如月君の後を、私は全力で追った。
私、如月君に嫌われたくない。
だけど、それと同じくらい、私の気持ち、知っていて欲しい。
―――大好き。
〜蓮side〜
自分が悪い事くらい、分かっていた。
里菜の両親が亡くなったのは、自分のせいだと。
『キキィーッ!!』
トラックのブレーキ音。
目の前には2人の人。
あ、ヤバい...助けなきゃ...
そう思って手を伸ばしたが、すぐに引っ込める。
でも、間に合うのか?
俺が今助けに行ったところで、俺も一緒に死ぬだけじゃねーのか?
そんな、バカなことを考えてしまった。
―――次の瞬間、もの凄い音と同時に、宙に人がぶっ飛んだ。
...っ、は?
もうそこからは、頭が真っ白とか、そんなレベルじゃなくて、何も、考えられなくなった。
「転校生を紹介するー入ってこーい」
...あ
そうだった。今俺、自己紹介しねーと。
勢いよく扉を開け、堂々と教室に入る。
別に誰かと仲良くしたいわけではないし、適当に自己紹介した...が。
なぜか凄い拍手だ。
あーあ。めんどくせぇ...。
何となく教室を見渡せば、大体の女子の瞳はハートマーク。
うっ...嘘だろ...。
怖...。
でも、ただ一人、ハートマークではない女子がいた。
あ、アイツは大丈夫だ。安全。
直感的にそう思った。
でも、そう思ったのもつかの間だった。
え...
思わず目を見開く。
パチッと目が合ったそいつ。
知っている...あの顔...。
まさか...
あぁ...絶対そうだ。
あの時、トラックに引かれて死んだ人達の娘だ。
言わねーと...お前の両親は、俺が殺したんだって...。
『花園里菜です。私は声を出せないので、話すときはこのノートに書いて話します。よろしくお願いします。』
言え、なかった...
言えるわけがなかった。
俺のせいで苦しんで、声まで出なくなって、どれだけ辛い思いをしてきたのだろう...。
考えただけで胸が痛んだ。
ごめん...ごめんな...。
謝ったって、過去は変えられない。
だから、里菜とたくさんの思い出を作ろうと思った。
里菜が楽しんでくれる度、あの笑顔を見る度、自分の罪が許された気がして、俺まで楽しんでしまって、いつの間にか、好きに...なってた。
愛しいと思うようになった。
恋人になりたいとか、そんなことは望まないから、せめて、隣にいたい。
自分の罪をすっかり忘れて、そう思ってしまったんだ。
そのせいで、里菜を苦しめるとも知らずに。
俺は、里菜にとって一番の友達になっていたことだろう。
だからあの時――俺が殺したと自白した時、里菜は泣いた。
こんな事したかった訳じゃないのに...
こんなはずじゃ、なかった...
何で俺は、傷付けることしかできないんだ...。
「如月君...ずっと苦しんでた...?」
「っ...は?」
思わず声が漏れる。
俺が殺したと言ったのに、里菜は俺の心配をするんだ。
「私とっ...居る時、ずっと...如月君はっ...辛かった...?」
溢れる涙を何回も拭う里菜。
その涙が、綺麗で、汚れた俺とは正反対だった。
なんて...愚かなんだろう。
両親を殺した本人が目の前にいるのに、怒りもしない。
それどころか、俺のために泣いてくれる。
その姿が、どうしようもなく愚かで、
―――愛しいと、想った。
これ以上一緒に居たら、抑えられなくなる。
この気持ちが、溢れて止まらない。
今すぐにだって叫びたい。
大好きだと。
ダメだ...ダメだダメだダメだっ...
やめてくれっ...
これ以上、俺に優しくするのは、やめてくれっ...。
甘えてしまいそう。勘違いしそう。また、傷つけてしまう。
「だから、ごめん」
俺は1人泣く里菜を置いて、家へと帰った。
傷、つけた...。
泣かせた...悲しませた...。
もう、嫌だ...。
笑顔で居てほしいのに...。
―――好き、なのに...。
翌朝。
俺はベッドの上でぼーっと天井を眺めていた。
昨日家に帰ったあとは、食事が喉を通らなくて、何も食べれなかった。
何も考えられないし、ふと頭に浮かぶのは、里菜の顔だけ。
忘れたいのに、無理だ...。
なかなか気分が晴れなくて、何となく散歩することにした。
気分転換...にはならなかったけど、少し心が落ち着いた。
というか、感情が死んだ。
もう何もかも、どうだっていい。
どうでもいい。
30分くらい外の空気を吸って、落ち着いたので、とりあえず家に帰ろうとした。
「きっ...如月、君っ...」
その声が、どれだけ小さかったことだろう。
でも確かに、俺には聞こえた。
アイツの声だけは、いつだって聞き取ってやる。
恐る恐る振り返れば、案の定。
息を切らした里菜がいた。