「だから、ごめん」
如月君はそう言って走り出した。
遠くに、行ってしまう...。
どんどん如月君の背中が小さくなっていく...。
呼び止めなければって思うのに、喉に何か詰まったみたいで...声、出ないっ...。
苦しんでいた。悲しんでいた。如月君の瞳には、涙が浮かんでいた。
それなのに私っ...何も言ってあげられなかった...。
「ふっ...うぅっ...」
その場にガクッとしゃがみこむ。
堪えていた涙が一気に溢れ出す。
嗚咽が漏れて、口を押さえるけど、止まらない。
何で私、何も言えなかったんだろうっ...。
ごめん、ごめんねっ...如月君っ...。
ずっと、ずっと一人で抱え込んで、辛かったよね。
たくさん、ごめんねっ...何もっ、できなくてっ...。
―――ポツッ...
何か冷たいものが降ってきたと思えば、雨だ。
雨は...やっぱりあんまり好きじゃない...。
如月君も、雨は嫌いって言ってたなぁ...。
その後どれだけの間雨に打たれ続けていたのだろう。
気づけば時計台の時計の針は7時30分を指していて、辺りは真っ暗だ。
暗いのは、怖いっ...。
もういやっ...何でこんな事にっ...
「...里菜っ...!?」
上から声がして、なんとか上を向けば、そこには心配そうに、驚いたような顔をしたくるみちゃんの姿があった。
もうこのまま、ずっと雨に打たれたい気分だったけど、私はくるみちゃんの手を取って家へと歩き出す。
くるみちゃんは私の家に着くまで何も聞いてこなかった。
彼女なりの優しさだ。
「家ここ?」
「っ...」
あ、あれ...声出ない...。
私は頷いて家に入ろうとした。
「っ...里菜っ! 明日の9時からどっか遊び行こ! 迎えに来るから! 約束ねっ? じゃあ!」
そう言い残してくるみちゃんは行ってしまった。
お友達と...遊びに...。
あはは...私風邪ひいてるんだけどな...。
その夜、私は秘密ノートに自分の気持ちを書いた。
もう、この気持ちはなかったことにしよう。
そうすれば、きっと辛くなくなる。
忘れられるよね...。
ベッド潜って、私は涙を流した―――
あんな悲しそうな顔、させたくなかったなぁ...
翌朝。
はぁ...ホント凄い。
たった一晩で熱が下がるなんて。
目ぇ腫れちゃった...
鏡の前でにらめっこ。
今日はお友達のくるみちゃんと遊びに出掛ける。
楽しみだけど...やっぱり私、まだ如月君のことばかり考えちゃう...。
『叔母さん、行ってきます』
「行ってらっしゃい〜」
爪先をコンコンと音を立て、ドアを開ける。
わっ...凄いっ! 晴れだぁ...! 雲一つないっ!
如月君と見たかったなぁ...って!
もうっ! 如月君のことは忘れるのっ!
ペチペチと両手で頬を叩いた。
好きな人くらい、この先どんだけでもできるっ!
如月君以上に好きな人...できる、はず...。
「里菜〜! おはよぉ!」
くるみちゃんっ!
私は大きく手を振った。
「!」
渋谷君っ!
何で渋谷君までっ?
「里菜ごめん! 渋谷も一緒に行きたいって...」
『もちろんっ! 全然OKだよっ!』
逆に楽しくなりそうっ!
私は2人に微笑んだ。
本当は、わかってる。
くるみちゃんが私のために今日誘ってくれたこと。
心配、させてしまっていること。
全部わかってる。
「如月も誘ったんやけどなぁ。来られへんゆーてたわ」
ズキンッ...
あぁ...まだダメだ...私、まだ如月君のこと好き。
くるみちゃんは慌てた様子だったけど、大丈夫だよ、と伝えるために私は無理やり笑顔をつくる。
「だ、大丈夫! アタシ今日友達呼んだからっ!」
「?」
少し疑問に思いながらも、私達はあるとこに向かった。
徒歩5分の駅前カフェ。
オシャレな見た目で、店前では長蛇の列が。
こ、ここに並ぶのかなっ...。
一体何分待てばっ...
「はい、里菜行くよ」
「っ...?」
私の手を取って店の中に入っていくくるみちゃん。
えっ? えっ? 並ばないとダメたよねっ!
「9時から予約していた水瀬です」
よ、予約っ...!?
くるみちゃんの言葉に私は大きく目を見開いた。
ま、まさかくるみちゃん、私のために予約までっ...!?
お、お金払わなきゃっ!
鞄の中からお財布を取り出して1万円札をくるみちゃんに渡す。
「えっ? あ、要らないよっ! たまたまチケットあっただけだし」
『ありがとう』
その代わりたくさん楽しもうっ!
そう思って扉を開くと、そこにはたくさんのワンちゃん達がいた。
こ、ここって犬カフェだったんだ!
か、可愛いぃっ!!
私は早速小犬を抱いて癒されていた。
「あ、柊もう来てたんやな」
渋谷君の目の先には整った顔の男子がいる。
知り合い、かな...?
もう来てたってことは、約束してたの?
「皆遅すぎ。何分待ったと思ってんの」
「どうせ5分ちょいやろ」
「んーにゃ、2分」
お、大人っぽい見た目なのに性格小学生っ...!
あ、くるみちゃんが言ってた友達って、この人の事かな?
じゃあ私も挨拶した方がいいよね。
私は彼のそばに寄ってノートを開く。
『初めましてこんにちは! 私、花園里菜と申します。』
「花園さんね? おkー。俺、桐谷純(キリタニ ジュン)。花園さんのことは、くるみからよく聞いてる。よろしくね」
笑顔を向けてくれる彼...桐谷さんに、私は愛想笑いしかできなかった。
「ねぇ里菜。ちょっとトイレついてきて」
『うん』
私は2人にぺこりと頭を下げてからくるみちゃんに付いて行く。
トイレに来ると、くるみちゃんは両手を合わせて謝ってきた。
「ごめんっ!勝手に純呼んじゃって」
私は急いで首を横に振る。
新しいお友達ができるのは嬉しいし。
「それと、ね...私、渋谷のこと好きみたいなの」
「!!」
それは良い事だっ!
『じゃあ私、応援するねっ!』
「ありがとう...。だからね、里菜にも新しい恋してほしいなって...」
「っ...」
くるみちゃんの言いたいことは大体分かった。
くるみちゃんが桐谷さんを呼んだのは、私と桐谷さんをくっつけようとしてるんだ。
あはは...桐谷さんと、か...。
「私はすぐ新しい恋見つけたけど、里菜はまだ如月君引きずってるでしょ?」
私は小さく頷く。
今もずーっと、頭の中は如月君だけ。
「純は優しいしかっこいいし、里菜とお似合いだと思って...」
申し訳なさそうなくるみちゃんの表情。
私は微笑む。
くるみちゃんのその気持ちが、とても嬉しい。
「あともう1つ聞きたいことがあって! 振られた時なんって言われた??」
振られた...時???
私は昨日のことを思い出す。
あ、あれ...
「ふられて、ない...」
思わず声が漏れてしまった。
ふられてない...私まだ、気持ち、伝えられてない...。
勝手にふられたと思い込んでたけど、まだ、ちゃんと終わってない。