見えない君。歩けない君と恋をする




『だ、旦那様っ!奥様が·····!無事にお産みになられました!』



エプロンを来た、若い女性が廊下にいる厳格な雰囲気を(かも)し出してる男に走りながら報告をする。


『本当か!?』


『えぇ!本当ですわ! 元気な男の子です!』



それを聞くと、男は口を緩ませる。



眉間の(しわ)がよっていない為、男の整った顔立ちがよく見える。



若い女性も、嬉しそうに微笑む。


『旦那様。早く会いに行きましょう。ご子息に』


『あぁ·····そうだな。楽しみだ。私の·····息子』


男は、若い女性と広い広い廊下を歩く。


窓の外を覗けば、もう、真っ暗だ。


陣痛が起き始めた時は、まだ黄昏時だったのに·····。


男はしみじみと、妻の頑張りを感じた。


『奥様。旦那様をお連れしましたよ』


そう言って、扉を開けると


天井付きのベッドで美しい女性が横たわっていた。


『アナタ·····』


女性·····男の妻は顔を2人に向けて微笑む。


髪が、乱れていて少し、まだ息切れもしている。


横には、ゆりかごが1つ。ポツン·····と置かれていた。


『この子、なのかい?私の息子は?』


男は、ゆりかごに近づく。


えぇ。と、男の妻は優しく微笑む。


『·····こんにちは、愛しい愛しい私の天使(エンジェル)·····』


男が、ゆりかごを覗き込めば愛らしい赤子がスヤスヤと眠っている。


先程、大きな泣き声がしていたが疲れてしまったのだろう。


男は、自分の息子の頬を優しく指で触る。


静かに寝息を立てている息子は、見てるだけで癒される。


これが、親バカ。というものだろうか?男が心の中で問いかけたがその答えは後でいい。と


また、息子と自分の妻を交互に見る。


『ありがとう。頑張ったな。』


『えぇ。·····そうだ。アナタ。抱いてやって下さらない?坊やを』


『え?·····それは、い、いいのか?』



『もちろん。さっ、腕をお出しになって』


男の妻は、眠っている息子をタオルと一緒に持ち上げる。



男はおずおずとベッドの妻の横に腰掛けて、妻から息子を受け取る。



『この子は、どんな子になるのだろうか·····』


『アナタに似て、本が好きかも』


『いや、君のように音楽や芸術が好きかもしれない』


『きっと、甘い物も好きね』


『そうだな。それで、グリンピースが苦手かもな。私と同じで』


夫婦は、息子を囲んで話に花を咲かせていた。


だけど、その瞬間。有り得ないことが起きた。




『あれ·····?旦那様っ!?ぼ、坊ちゃんが·····!』


『なんだ·····これは!?』



『どういうこと·····?』



男の妻は、男の腕の中にいる自分の息子を見て口元を手で抑える。


そして、ポツリと言った。






『体が·····透明に·····』








ージョン・ネヴィンー




サクッ。サクッ。


小さな町の山奥で、畑をリズム良く耕す音が聞こえる。


桑を持ち上げては、下ろし。持ち上げては下ろし。


ただ、不思議な事に。人影はするが肌が一切見えない。


夏だと言うのに黒色のタートルネックにデニムのズボン。


よーく見ると、あら、不思議。


顔が無いのだ。無い。と言うよりは透明である。


でも、そんなの、初めて見る人には分からない。


僕の名前はジョン・ネヴィン(16)


『透明人間』だ。





(ふぅ·····やっと、耕せた)


僕が、畑を十分に耕すと近くの木の幹に寄りかからせ


日陰に座り込み、タオルで汗を拭う。


透明なのに。姿は見えないのに。音は聞こえるし、物には触れられるし、汗はかくし、汚れもするし·····


透明人間というのは、実に難解だ。


とは言えども、僕はこれと付き合わなくては行けない。


この後の、生涯ずっと·····。


まぁ、でも。しょうがない。受け入れて生きるしかない。と自分に言い聞かせていると。


「ジョン!ジョーン!」


女性の、自分を呼ぶ声が聞こえる。


この声は母さんだな。僕は、腰をあげて声のする方に走っていった。


◆ ◆ ◆


しばらくすると、白を基調とした大きな我が家へと辿り着く。


自分で言うのも何だが、僕の家は一般的に見れば『裕福』な部類に入る。


だからこそ、3人家族だと言うのにこんな大きな屋敷を持っている。


でも、話によればひいひいおじいちゃんの頃からの屋敷らしくて手放そうにも手放せない。ということらしい。


僕が、門を開けて中に入っていくと扉の前に落ち着いた緑のワンピースを着た女性が立っていた。


女性は、こちらを見ると僕に駆け寄ってくる。


「ジョン!探したわよ。もぅ。」


そう言って、女性。もとい、母さんは笑う。


僕は、ポケットからメモ帳と万年筆を取り出すとメモ帳に文字を書いていく。


·····僕は、何故か喋れない。その為、連絡手段は筆記なのだ。


僕は、メモ帳に文字を書き終えると母さんにメモ帳を渡す。


【ごめんね。母さん。今朝は早くに起きたから、畑に行きたくなって】


母さんは、それを見ると


「あら、そうだったの?だからズボンに泥が着いてたのね」


僕は、ごめんね。と、手を合わせるポーズをとる。


母さんは、いいのよ。と笑い、扉を開いて廊下を一緒に歩いていく。


僕は、母さんの隣に立ってそのまま食堂へと進んでいく。



木の壁と、床は不思議な温かさを感じる。


僕は、メモ帳で母さんとやり取りをしながら足を進めた。





食堂に着くと、先に父さんが席についてコーヒーを啜っていた。


「やぁ、おはよう。ジョン」


【おはよう。父さん】


僕は、両親の間に挟まれるように座る。


こうした方が、メモ帳を渡しやすいからだ。


「ジョン。畑は最近どうなんだ?」


【順調だよ。今日はトマトの実が大きくなってたよ】


「ジョン。スープのオカワリいる?」


【うん。お願いしようかな】


美麗な夫婦の間に、着るものだけが見える透明人間の息子。


傍から見れば、不思議でおかしな風景だけど、これが僕ら家族。


「ジョン。今日も外に出かけるの?」


母さんが、心配そうに尋ねる。


【うん。今日も、畑仕事と勉強と、町に降りて図書館に行くよ】


僕は、安心させるように、ねっ?と、両手を胸の前でグーにして首を傾けた。


それでも、両親の顔は曇ったままだ。


「·····正体を、見せちゃダメよ?なるべく·····人とも関わらないようにね?」


【分かってるよ。大丈夫。安心して】


「·····そうね。気をつけて行ってらっしゃい」


【はい】


僕は、家族以外の人と話したことはない。


あるとしても、ここに3日に1度、家の世話をしてくれるマリア(52)ぐらいだ。


それも、そのはずだ。僕の姿は薄気味悪いし、バレたら大変な事になるから。


「あっ、ジョン!スープが暖められたみたい!今、よそってくるわね!」


そう言って、母さんはパタパタとキッチンに向かっていく。


·····今日は、料理の本でも借りようかな。


そしたら、母さんの手伝いもできる。


僕は、そんな事を思いながらいつも通りの朝食をとった。

僕は、朝食を食べ終えると自分の部屋に行って汚れた服を脱いで、着替え始める。


黒色のパーカーに、灰色のシュッ。としたズボン。


仕上げは、顔中に包帯を巻き目、口、鼻、耳に少し隙間を開けて黒縁メガネをかける。


·····うん。我ながら不気味。


でも、まぁ透明で人前に出るよりかはマシだろう。うん。


僕は、鏡の自分に向かってそう言う。


(さて、じゃあ行こっかな)


フードを被り、前借りた本を片手に僕は山を下りた。

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