その音にはっと振り向いた誠護さんは、そのままそのまま音のした方に早足で向かう。

「誠護さん……?」
「お前も来い!」

腕を掴まれ、彼に引きずられながら人垣の中へ歩いていく。

20代と思わしき男性が仰向けに倒れていた。
声をかける者が一人、おろおろする者が二人ほど。
周りの野次馬は、一歩引いたところで立ち止まっている。
誠護さんはその中に、ずかずかと歩いていく。
そして、シャツの胸ポケットからなにかを取り出して掲げた。

「救命士です」

そう言うと、声をかけていた人物が誠護さんと場所を代わった。
そのまま彼と何言か交わした後、連れらしき人はスマホを手にする。

「お前!」

突然指をさされてピクリと肩が震える。

「AED持ってこい。この施設ならあるはずだ」
「わ、分かりました!」

私は荷物をそこに投げ出して、AEDを取りに走った。

近くにあった総合案内のお姉さんに頼み、AEDを持って戻ると、誠護さんは胸骨圧迫をしているところだった。

「誠護さん!」
「ナイス、早かったな」

彼の横にAEDを置くと、そのまま蓋を開けるよう指示される。
が、私が蓋を開けるとそのままテキパキと男性の服を破り、パッドを張り付けたのは誠護さんだった。
AEDから流れる音声が、電気ショックの必要性を告げる。

「離れてください!」

彼の大きな声とともに、

──ピー

大きな機械音が、無機質に響き渡る。

「くそっ、動けよ!」

再び胸骨圧迫を開始する誠護さん。その声と真剣な横顔。
私は彼の横に座っているだけで、何もできない。
からだが動かなくなって、ただ彼を見つめるばかり。
心臓マッサージを続けながら、彼の額ににじむ汗。

「19、20……」

数を数える、小さな声。
ドクン、と、心臓が嫌な音をたてる。

「救急です。道を開けてください!」

その声に顔を上げると、グレーの服が目に入った。救急隊が到着したらしい。

「黒岩さん!」

誠護さんの名を呼ぶ、救急隊の人。
それでも誠護さんは、救命の手を止めなかった。

「うう……」

不意に、男性からうめきのような小さな声が漏れた。

「大丈夫ですか?」
「うう、ああ、……」

誠護さんの呼び掛けに、小さくも答える男性。
ふう、と息を吐き出しながら、額の汗を腕で拭った誠護さん。
それで、やっと体の力が抜けた。

救急隊はそのまま男性をストレッチャーに乗せ、連れとともに去っていく。
誠護さんは救急隊と何言か交わしていた。

「お前も救命が必要か?」

気がつけば、誠護さんがポケットに両手をつっこみ立ったまま、腰を曲げてこちらを見ていた。

「わ、私は生きてます!」
「だろーな」

誠護さんはケラケラ笑った。

「すみません、何か安心したら力抜けちゃって」
「ま、目の前で心臓止まった人がいりゃ、誰でもそーなるわ、な」

誠護さんはまたケラケラ笑った。

「でも、誠護さんは……」
「俺はさ、慣れてるから」
「え?」
「知らねーの? 消防士って、救命活動もすんの。俺は救命士の資格も持ってるし」
「へぇ……」

ということは、誠護さんも仕事中はあのグレーの制服を着ているのか。

「それに、」

そんなことを考えている私の前で、誠護さんは天井を見上げて呟いた。

「救える命は、救いたいからさ」
「……かっこいい」

何でそんな言葉を口走ったのか。
ついうっかり、口から飛び出てしまったそれを飲み込むように、私は慌てて口を閉じた。

「ああん?」

誠護さんは心底嫌そうな顔をして、こちらを見下ろす。
そして、そのまま手を差し出し私を立たせると、ニッと口角を上げた。

「惚れんなよ、ジャージ女」

そう言って私の手を離すと、彼は私に背を向けた。

「でも、お前ナイス。AED持ってくんの、早かった」
「わ、私も職業柄近くの大きな施設のAEDの場所は心得てるんです! ……本当に使ってるところは、今日はじめて見たけど」
「そ。サンキュ」

それだけ言うと、誠護さんは放り出していた荷物を拾いさっさと歩き出す。

「ちょっと、今度はどこ行くんですか!」
「飯食おーぜ。腹減った」

誠護さんはまたケラケラ笑って、先程よりも少し歩幅を緩めて歩き始めた。