「ほら、立て。帰るぞ」

誠護さんがまっすぐに、私に手を差し伸べた。

「うん」

その手をとろうと、右手を伸ばす。
けれど、どうしても立ち上がれない。

「あ、あれ……」
「お前なぁ……」

誠護さんは私の手首をとり、そのまま引っ張りあげてくれた。
けれど、やっぱりそのままよろよろとへたりこんでしまって、立ち上がることができない。

「腰、抜けちゃったみたい……」

あはは、と笑うと誠護さんはため息をついて頭を掻いた。

「ったく、仕方ねーな。ほら」

そう言って、今度は私に背中を向けた。

「え?」
「首に掴まれ。おぶってやる」
「でも……」
「いつまでそこに座り込んでるつもりだよ。立てねーんだろ?」
「うん……」

誠護さんの首にそっと両手を伸ばす。
が、大きな背中が邪魔をして、全然届かない。

「いくぞ、ほい」

そう言った誠護さんは、私の尻の下に自分の手を差し込み、そのまま私を持ち上げる。

「うわぁ!」

バランスを崩しそうになって、慌てて彼の首にしがみついた。

「うぐぅ」
「ご、ごめんなさい!」
「てめえ、俺を絞殺する気か!」

首だけ振り返った彼がこちらを睨む。
その顔の近さに、一瞬胸が高鳴る。
けれど、それはすぐに安心感へと変わる。

「あのさあ、」

歩き出した彼の背に掴まって、心地よい揺れに身を預ける。

「ん?」

彼は前を向いたまま返事した。

「私、考えたんだけど……」
「なに?」
「誠護さんと付き合えない理由。あれって、誠護さんの仕事が予測不能で迷惑かけるからってことでしょ?」
「そ」
「だったらさ、私が我慢すればいいだけの話じゃん」
「それで、俺が死んでも?」
「いつ死ぬかなんて、誰も分かんないじゃん」
「ま、そうだけど」

誠護さんのがっちりした背中にしがみついたまま、私は続けた。

「誠護さんみたいな人は、希望の光。二度も火事に遭った私が今生きていられるのは、消防士さんのおかげ。私は『いってらっしゃい』って言えるよ? だって、希望の光を待ってる人の気持ち、痛いほど分かるから……」
「お前……」

幼き日、私を救い出してくれたあの人。あの日、私を救い出してくれた誠護さん。私の目には、彼らは本当に輝いて見えた。

誠護さんは立ち止まって顔だけ振り返る。
その瞳には私が映っている。
だから、私は伝えたい言葉の続きを紡ぎだした。

「だからね、思ったんだけど……」
「何?」
「誠護さんが仕事で一緒にいられる時間が短かくなる可能性があるなら。もし使命を全うしたせいで別れが早く来る可能性があるなら、さ。その分、一緒にいればいいんじゃんって」
「はぁ?」
「ぎくしゃくしながら無駄な時間過ごすより、その貴重な時間を一緒に過ごしたい。私は、誠護さんが好きだから。誠護さんだって、私のこと好きでしょ?」
「あのなぁ」
「違うの?」
「……違わねーけど」
 
誠護さんは顔を前に戻して、また歩き出す。そして、ぼそっと呟いた。

「でもよ、心の内読まれた上に逆プロポーズまでうけるとか、俺、どんだけ惨めなんだよ」
「プロポーズ!?」
「っと、大声出すなよ……」

一度落ちそうになった私を背負い直して、誠護さんは溜め息をついた。

「貴重な残り時間を一緒に過ごしたいって……それ、結婚しようって言ってるようなもんだろ」
「ちが、そう言う訳じゃ……」
「んだよ、ちげーのかよ」

誠護さんはまた溜め息を吐き出す。
そして、再びこちらを振り返る。今度はその口角がニヤリと上がっていた。

「でも、もう撤回不可。俺、お前の案気に入った」
「え?」
「結婚しようぜ」
「……はふぇ~!?!?!?!?」

思わず大声を出すと、誠護さんは背中を思いっきり揺する。

「耳元で大声は反則。落とすぞ」
「だって、だって、だってだって!」
「ほら、暴れんなって。そんなに嬉しいか?」
「そりゃ……」

感極まって、視界が滲んだ。
なんだかとってもむちゃくちゃだけど、とっても幸せで。

「それとも、やめるか」
「やだ、結婚する!」

そう言って彼の背中にしがみついた。
思いっきり抱き締めるように。
誠護さんはケラケラ笑った。