「母さん…うるさい…」
「あらごめんなさい!
お水とか買ってきたわよ」
「……いらない。
千花からもらったし」
まだ眠そうに目を閉じながら言ってる。
だから、私がまだいたことに、気付いてなかったみたいで。
「………?
え…? あ、っ、えっ…!!?」
ゆっくり目を開いた昴くんと視線が重なった瞬間、
昴くんがびっくりしたように飛び起きて、口をパクパクさせていた。
「……お、まえ、なんで…!」
「こら昴!
看病してくれた子を“おまえ”なんて言うんじゃありません!」
「……う、うるさい!」
寝てる間に結構汗をかいてたみたいで、額や首に汗が滲んでる。
おかげで熱が下がって、いつもの昴くんに戻ったのかな?
また“おまえ”って言われたし、すっごい睨まれてる…。
「か、看病なんてされてねーよ!
途中で寝やがったし!」
「まぁー!アンタはなんで素直にありがとうって言えないの!」
「ありがたくねぇよ!お節介!!」
空になったスポーツドリンクのペットボトルを投げつけられる。
私の体にぶつかって、ペットボトルが床に落ちるのがまるでスローモーションみたいに見えて。
その間、頭の中では「お節介」と言った昴くんの声が、何度も響いた。
コロコロと床を転がる空のペットボトルを徐に拾い上げる。
……なにが“お節介”だ。
『……そばにいてよ』
『手…繋いで?』
離さなかったのは、自分のくせに。
ベコ…とペットボトルを握り潰して
昴くんにそれを投げ返した。
「…っ、いたっ!
……なにすんだよ!」
「ほんと、自分勝手…」
「……は?」
「……昴くんなんか、一生嫌い!大嫌い…!!」
じわ、と溢れてきた涙を見せないように、
急いで昴くんの家を出た。
「……っ」
『俺……千花のこと守れてる…?』
……守られてなんてない。
いつだって、
私を一番傷付けるのは、昴くんなんだから。
───…
それから1週間が経った頃。
「へい!へい!へい!ふっふー!」
「ふっふー…」
私はなぜか、学校帰りにカラオケにいた。
今ノリノリでマイクを握ってるのは海ちゃん。
「とりあえずみんな、ジャンジャン曲入れちゃって〜!」
海ちゃんの言葉にふぅ〜↑↑とテンション高く盛り上がる人たちの中で
上手く盛り上がれない私。
「……ジュース取りに行ってきます…」
「千花ちゃん一曲も歌ってないのにジュース減るの早っ!」
うるさいな!
緊張とこの場への馴染めなさに喉カラッカラなんですよ!!
一体どうして、
雪森くんや昴くんがいるカラオケに、私も混ざっているのだろう。
海ちゃんと海ちゃんの友達の女の子2人に、雪森くん、昴くん、金髪男とその友達1人。
私、明らかに場違いなんですが?
「次、天の番ね」
「えー…俺はちょっと…」
海ちゃんにデンモクを渡されるも、あんまりノリ気じゃない雪森くん。
そんなの気にもしてない女の子2人が、雪森くんの隣に座って雪森くんにくっつきだした。
「雪森くんの歌うとこ見たいな〜♡」
「あたしもー♡」
「や、俺歌うの得意じゃなくて…」
渋る雪森くんに『じゃあ一緒に歌おうよ♡』とめげずに話しかける女の子たち。
モテモテの雪森くんに対して、全く相手にされてない残りの男子3人の空気は超悪い。
主に昴くん。なんか、スマホ見てずっと不機嫌な顔。
たぶん、私がいるから。
やっぱりこの部屋にいるのが居た堪れなくなって、ジュースを取りに部屋を出た。
「……はぁ」
海ちゃんの言う通り、一曲も歌ってないのに、すごい気疲れ。
ちょっとでも口を開けたらため息しか出てこない。
ドリンクバーでグラスにジュースを注いでいると
隣に誰かが立つ気配がした。
「……ごめんね、無理矢理連れてきて。
楽しくないよね」
隣でそう呟くのは
海ちゃん。
「天を呼ぶための口実ではあったんだけど、
千花ちゃんにも楽しんでもらいたかったのに…」
隣でしょぼん、と肩を落とす海ちゃんを見て、すごく申し訳なくなる。
楽しくない…とまでは言わないけど
居心地が悪いのはたしか。
「…あのね、
私がいても盛り上がらないでしょ?
私、海ちゃんの友達と仲良くないし、
昴くんとも……」
ケンカ…というのかはわかんない。私が一方的に嫌いって言い逃げしたから。
でも、ケンカしてるようなものだから…。
「ごめんね。
私のせいで空気悪くして」
「そんなことないよ!
…なんか昴がめちゃくちゃ不機嫌だけど、千花ちゃんのせいじゃないと思うから」
海ちゃんが何を根拠にそう言ってるのかわかんないけど、絶対私のせいだよなぁ…。
でも、昴くんに『嫌い』という言葉は、ずぅっと前から言ってきた。
私だって、今さらあんなに不機嫌になられるとは思ってなかったよ…。
「昴が不機嫌なのは…他に理由があると思う!
天がモテモテだからとか!」
「ふふ、そうだね」
たしかに嫉妬してそう。
「…あ!でもね!
天ってすごく音痴なんだよ!
知ったら、昴笑うんじゃないかな」
『だから大丈夫』って笑ってくれる海ちゃん。
私を元気づけようとしてくれる海ちゃんに、『ありがとう』と返した。
ジュースを持って部屋に戻ると、
キィィィン…とマイクのハウリング音が響いた。
「……あー…」
それはそれは、地獄絵図のよう。
雪森くんがマイクを握っていて、それはもう…まんまジャイ〇ンリサイタルのような光景だ。
さっきまでキャアキャア黄色い声をあげていた女の子たちも、ドン引きしていた。
「ね、言ったでしょ?
天は音痴だって」
「ははは…」
予想以上です。
チラッと昴くんの方へ目を向けると、
笑いを堪えるようにぷるぷる震えていた。
……昴くん、機嫌良くなったんだ?
私がいるから嫌だったわけじゃなくて、海ちゃんの言う通り、雪森くんだけモテてたのが嫌なだけだったのかな…?
海ちゃんがデンモクを取ると、
画面に演奏中止って出てきた。
「あ、海」
「もういい。
天は歌わなくて大丈夫。ていうか歌うな」
「歌えって言ったり歌うなって言ったり、
めちゃくちゃだな…」
音痴の自覚はあるのか、『まぁしょうがないか』と言ってマイクを置く雪森くん。
次に歌うのは、昴くん。
曲が流れてきて、半笑いの昴くんがマイクを手に取った。
「……ね?
音痴の天のおかげで機嫌良さそうでしょ?」
海ちゃんから見ても音痴な雪森くんが面白いのか、ぷくく、と笑いながら私に耳打ちした。
やっぱり、機嫌が悪いのは私のせいって思ったのは、ただの妄想だったのかもしれない。