店内にはすでに数組の客、カウンター席とテーブル席、何席かには【予約席】とプレートが置かれている。
バイトっぽい若い女の子が「こちらどうぞ!」と真亜子達を席に案内してくれている最中、カウンターに座る人に突然声をかけられた。
「真亜子さん!」
大抵のことには先に返事をすると言う例に漏れず、先に相田が「夕陽さん!」と声を上げた。
「こんな所でお会いできるなんて嬉しいなぁ。」
と、虹イストはまた目を細めた笑顔で真亜子に話しかける。が、相田が答える。
「夕陽さん、お一人ですか?」
「ええ、ここが気に入ってて、よく一人で来るんです。」
西が「おい相田…。」と咎めるように話を割った。
それでも相田はとどまることを知らない。
「西さん、こちら私たちと同じビルの7階に新しく入った会社、虹イストの夕陽さんです。」
虹イストが軽く会釈している最中も相田は続けて「私たち男一人と女二人なんで、夕陽さんもご一緒にいかがですか?ね?西さん、いいですよね?」とまくしたてた。
それが相田である。
さすがに見かねた真亜子が「相田さん、いきなりご迷惑だから。」といさめたが、虹イストは相田の提案を快く受け入れてしまった。
こうなってしまうと西も真亜子も打つ手はもはやない。
男女比2:2の食事会へと様変わりしてしまった。
占いの館「虹イスト」に興味があるのか、彼自身に興味があるのか、相田は正に絶好調である。
終始テンション高めな質問で攻め込み、虹イストは返答の合間に「真亜子さんは何飲む?」とか「真亜子さんはどう思う?」と親しげに投げかけてきて、真亜子は戸惑っていた。
西はそんな光景をまるでテレビを見ているかのように静観している。
「あちゃ」
真亜子はお箸から滴った料理の汁が服に飛んで、あからさまに昭和の反応をすると「ちょっと洗ってきますね。」と席を立った。
洗面台の前でふうっとため息をつく。
鏡の前でにこっと作り笑いの練習をして、お手洗いを出ると、壁にもたれて西が立っていた。
「あ、西さん、お疲れ様です。」
業務的な挨拶をすると西が「ははっ」と笑った。
「仕事みたいな挨拶してんなよ。」と笑顔のまま真亜子に言う。
「実質仕事みたいなもんです。」
「さすが、いつも冷静な喜多で助かります。」
と西が茶化した。
「どうしたんですか、西さんも休憩?」
「年の近い3人で珍しく気ィ抜いて飯でも食うつもりだったけど。」
「私も珍しい組み合わせだし、今日は西さんを酔わせてプライベートを暴いてやろうと思ってたのに。」
と真亜子は両手で口元を隠しいたずらっぽく目を左右に動かした。
西が真亜子を見つめて「あの、さ。」と遠慮がちに呟く。
真亜子がその次の言葉を待つように西の目を見つめ返すと、西はふっと開き直ったように息を吐いて、いつもの自信たっぷりな先輩口調に戻った。
「喜多。」
「はい。」
「もうあんまり飲むなよ。」
「あ、はい。私そんなに顔赤くなってますか?」
「じゃなくて、この後飲み直すんだよ。」
「え。」
「二人で。」
「え。」
「二人になるまで飲むなよ。約束な。」
「あ…。」
真亜子の返事は待たずに西は踵を返した。
何気ない毎日を暮らしていたのに。
7階に虹イストが来たから。
あの日、道を聞かれたから。
あの時、忘れ物をしたから。
今日が、今日だったから。
立ったまま止まってしまっている真亜子を、角を曲がる前の西が振り向いて(なんでフリーズしてんだ。)とばかりに笑うと消えていった。
明日が変わる言葉を、真亜子は頭の中で繰り返した。
=END=
バイトっぽい若い女の子が「こちらどうぞ!」と真亜子達を席に案内してくれている最中、カウンターに座る人に突然声をかけられた。
「真亜子さん!」
大抵のことには先に返事をすると言う例に漏れず、先に相田が「夕陽さん!」と声を上げた。
「こんな所でお会いできるなんて嬉しいなぁ。」
と、虹イストはまた目を細めた笑顔で真亜子に話しかける。が、相田が答える。
「夕陽さん、お一人ですか?」
「ええ、ここが気に入ってて、よく一人で来るんです。」
西が「おい相田…。」と咎めるように話を割った。
それでも相田はとどまることを知らない。
「西さん、こちら私たちと同じビルの7階に新しく入った会社、虹イストの夕陽さんです。」
虹イストが軽く会釈している最中も相田は続けて「私たち男一人と女二人なんで、夕陽さんもご一緒にいかがですか?ね?西さん、いいですよね?」とまくしたてた。
それが相田である。
さすがに見かねた真亜子が「相田さん、いきなりご迷惑だから。」といさめたが、虹イストは相田の提案を快く受け入れてしまった。
こうなってしまうと西も真亜子も打つ手はもはやない。
男女比2:2の食事会へと様変わりしてしまった。
占いの館「虹イスト」に興味があるのか、彼自身に興味があるのか、相田は正に絶好調である。
終始テンション高めな質問で攻め込み、虹イストは返答の合間に「真亜子さんは何飲む?」とか「真亜子さんはどう思う?」と親しげに投げかけてきて、真亜子は戸惑っていた。
西はそんな光景をまるでテレビを見ているかのように静観している。
「あちゃ」
真亜子はお箸から滴った料理の汁が服に飛んで、あからさまに昭和の反応をすると「ちょっと洗ってきますね。」と席を立った。
洗面台の前でふうっとため息をつく。
鏡の前でにこっと作り笑いの練習をして、お手洗いを出ると、壁にもたれて西が立っていた。
「あ、西さん、お疲れ様です。」
業務的な挨拶をすると西が「ははっ」と笑った。
「仕事みたいな挨拶してんなよ。」と笑顔のまま真亜子に言う。
「実質仕事みたいなもんです。」
「さすが、いつも冷静な喜多で助かります。」
と西が茶化した。
「どうしたんですか、西さんも休憩?」
「年の近い3人で珍しく気ィ抜いて飯でも食うつもりだったけど。」
「私も珍しい組み合わせだし、今日は西さんを酔わせてプライベートを暴いてやろうと思ってたのに。」
と真亜子は両手で口元を隠しいたずらっぽく目を左右に動かした。
西が真亜子を見つめて「あの、さ。」と遠慮がちに呟く。
真亜子がその次の言葉を待つように西の目を見つめ返すと、西はふっと開き直ったように息を吐いて、いつもの自信たっぷりな先輩口調に戻った。
「喜多。」
「はい。」
「もうあんまり飲むなよ。」
「あ、はい。私そんなに顔赤くなってますか?」
「じゃなくて、この後飲み直すんだよ。」
「え。」
「二人で。」
「え。」
「二人になるまで飲むなよ。約束な。」
「あ…。」
真亜子の返事は待たずに西は踵を返した。
何気ない毎日を暮らしていたのに。
7階に虹イストが来たから。
あの日、道を聞かれたから。
あの時、忘れ物をしたから。
今日が、今日だったから。
立ったまま止まってしまっている真亜子を、角を曲がる前の西が振り向いて(なんでフリーズしてんだ。)とばかりに笑うと消えていった。
明日が変わる言葉を、真亜子は頭の中で繰り返した。
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