真亜子も西も相田も接点と言えば会社だけである。
そこには上司もいるし、支店長もいる。
支店なので本店もあれば、他店に異動もたまにある。
つかず離れず。真亜子と西の性格上からか一定の距離が保たれた人間関係を築いている。

大通りの交差点の信号前で西が来るのを待っていると、青信号で対面から渡ってきた人が「あ。」と真亜子を見て立ち止まった。
黒ずくめの服装に長めの髪
「虹、イストの…。」と真亜子が言うと、先ほどは見せなかった親しげな笑顔を返された。
真亜子が何か挨拶のことばを探していると、虹イストが先に言葉をかける。
「目立ちますね、スタイルがいいから。」
突然の褒め言葉に褒められ慣れていない真亜子はますます返す言葉を失ってしまった。
「あのビルに入った初日にあなたを見かけたんです。すごく綺麗な人だから覚えてて、今日事務所にお伺いした時にあなたがいて嬉しかったです。」
通行量の多い横断歩道で、二人の左右をどんどんと人が通り過ぎていく。その人の波に飲まれないように自然と二人の距離が近づいていく。
真亜子は虹イストの顔を直視できず、通り過ぎる人たちの背中に目をやって「えー、と。いえいえ…。」とおかしな返答しか出せずにいた。
歩行者用の信号が赤に変わり、真亜子の目の前にゆっくりと西の車が停車した。
それに気づいていない虹イストが、視線を逸らし続ける真亜子の顔を覗き込んだ。
「さっきあなたのお名前を聞くのを忘れてしまいました。お名前をお伺いしても…?」
虹イストの言葉と同時に、止まった車の窓がオートで開く。
中から真亜子と虹イストを交互に、そして不思議そうに見る西が「喜多、悪いな。」と声をかけた。
真亜子は虹イストとの居心地の悪い会話を終わらせようと早口で告げた。
「喜多です。」
「きた、何さん?」
「…喜多真亜子です。」
「ありがとう、真亜子さん。」
虹イストは目を細めた優しげな笑顔でそう言うと、小さな風を巻き起こして去っていった。