「あ、赤ちゃんの前では暗殺なんていう残酷なことはできないって思ったのね!」

ハア、とギルが重いため息を吐いた。どうやらハズレらしい。

それからギルは指先を伸ばすと、ナタリアの頬に触れた。

いつも主従の距離を保ってきた彼がこれほど大胆なことをするのは初めてで、ナタリアの胸がドクンと跳ねる。

見慣れたはずのバイオレット瞳が、見たことのないような熱っぽい色を浮かべていた。

「あなたを見たとたん、私の中の本能が、あなたを番と認識したのです。稲妻のように一瞬の出来事でした」

ナタリアは目を見開いた。

私が、ギルの番……?

そんなのあり得ない。

番なんていうロマンチックな設定は、ヒロインだけの特権のはずだからだ。

「うそ……」

「嘘ではありません。あのときの幸せな気持ちを、今でもはっきり覚えています」

ギルが、幸せそうに微笑んだ。

「番という特別な存在が与えてくれる満足感だけではありません。呪いのせいで獣人ではなくなったはずの自分の中に、ちゃんと獣人の本能があったことをあなたは教えてくれました。それからのことは、言わなくても分かるでしょう?」