泣く子も黙る獣人皇帝は、怜悧で判断力に長けているが、ナタリアのこととなるとときどき子供のようになることがある。

だがナタリアは、この頃はそんな彼の不憫な一面すら愛しく思えるのだった。

「そういえば、お父様」

ナタリアは、ふと昨日イサクに言われたことを思い出す。

イサクは療養のために城に滞在してからというもの、城での生活が気に入ったのかそのまま居残っていた。

暇つぶしに獣騎士団の訓練指導などをしているようだが、伝説の獣操師というだけあって、歓迎されているようだ。

「イサクおじさんが、お父様の肩の傷はとっくに治ってると言っていたのですけど、本当ですか?」

医師が言うには、傷は二十日ほどで癒えるとの診断だった。

ところがリシュタルトは、かれこれ一ヶ月肩に包帯をしたままだ。

そして怪我をしている方の腕が使いにくいからと、ナタリアを一日中近くに置いて介助を求めている。

リシュタルトの顔が、一瞬ぴくっと凍り付いた。

リシュタルトはすぐにナタリアから視線を外すと、「そんなわけがないだろう」とそっけなくこぼす。

「ですよね、こんなにしんどそうなんですもの。イサクおじさんは何を見てそう判断したのかしら」

「あいつは昔から少し先走るところがあるからな」

納得しているナタリアの横で、娘といたいがために仮病を使っている父がホッと胸を撫で下したのを、彼女は知らない。