ぼろぼろの服を整える気力もない。彩響は警察署の椅子に座り、深呼吸をしていた。ある程度気持ちが安定すると、徐々に体のあっちこっちが痛くなってくる。佐藤くんがペットボトルを渡した。

「…飲んでください。唇、大丈夫ですか?」

「あ、ありがとう…」


気が付くと口の中もがさがさで、言われるまで唇が切れていたことも知らずにいた。ペットボトルのふたを開けるにも腕が痛くてうまくいかない。隣でそれを見ていた佐藤くんが代わりに開けてくれた。冷たい水を一口飲むと、やっと緊張が少しほぐれた気がした。


「廊下に落ちていたの、持って来ました」

「あ…」


いつ落としたのかも覚えてないバックと携帯。恐る恐る携帯を確認すると、不在電話が 3件入っている。着信はあの家政夫さんからだった。別途メッセージも入っている。


「大丈夫ですか?これ見たら連絡お願いします」


もう連絡しても良いけど、どうしてもこの状況を説明する自信がない。結局彩響はそのまま携帯をかばんの中に入れてしまった。


「主任…病院に行った方がいいのでは…?」


佐藤くんが心配そうに質問する。そうだ、そういえば助けてくれたのにお礼も言ってなかった。声を整えて彩響が口を開けた。


「佐藤くん…来てくれてありがとう…。でも、どうして…?」

「さっき変な感じでやりとりが終わって…嫌な予感がしたんす。俺のふりして呼び出すとか、どう見ても怪しいじゃないですか。それで…」

もし佐藤くんが来てくれなかったら…想像するだけで鳥肌が立つ。佐藤くんは本当に申し訳ない顔で何回も言った。


「主任、本当に申し訳ないっす…。俺がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのを…」