襟元を乱暴に引っ張られ、気持ち悪い手が中に入ってくる。抵抗する度に首を締められ、息もできない。それと同時にどんどん手が下着の中まで入り込み、太ももにも気持ち悪い感触が当たった。


「いやだ…離して!誰か…!」

「静かにしろ!騒ぐとお前の家族も全部知ることになるぞ。このことを知ったらお前の家族も、友達も、どう思うだろうな」


大山が手で口を封じる。大声を上げようとしても声が埋もれて出て来ない。


(誰か…誰か…!)

「仕事はどうなると思う?お前の親愛なる後輩も、あれだけ偉そうに振舞っていた会社にも全部汚い女だと知られるぞ!ここを辞めたとしても、こんな騒ぎを起こしている女をどこか雇ってくれると思うか?だから大人しく一発やらせろ。だったらこのことは永遠に秘密にしてやる」

(絶対嫌だ、絶対に…!)


抵抗する手の先に持ってきた自分のバックが触れた。その瞬間、以前寛一さんが入れてくれた「あれ」を思い出した。そうだ、あれがあれば…!


「……」

「なんだ、やっと楽しむ気になったか」


深呼吸して、手先の感覚だけを頼りにカバンを開ける。そして、その中に入っているソーイングセットの小さいはさみを握る。大山はまだ気付いてない。そのまま彩響ははさみをやつの背中に刺した。予想しなかった大山の悲鳴が廊下に響く。


「ああああ!クソ、なんだ今の!」


この隙を逃さず、彩響は大山を押し倒してそのまま別の非常階段の方へ走った。後ろから又うるさい足音が聞こえる。心臓が爆発してしまいそうで、なにも考えられない。一階のロビーにやっとたどり着いた瞬間、入り口の方から誰かが走ってくるのが見えた。見慣れた姿、あの人は…!


「峯野主任…?!どうしたんすか?!」

「さ、佐藤くん…!」


走ってきたのは佐藤くんだった。家からきたのか、ジャージ姿で走ってきた彼が彩響を受け止める。状況を伝えなきゃいけないのに、息が苦しくて、体が震えて何も言えない。そしてすぐ彼らの前に大山が現れた。佐藤くんの目がもっと丸くなる。


「へ、編集長…?これは一体、どういう…?」

「おい佐藤!その女、俺を刺して逃げたんだ!これを見ろ!」

「違う、違う…!あなたが、私を…!」


声がうまく出ない。喉が痛い。自分を弁護しなきゃいけないのに、何も言えない。佐藤くんが自分と大山を交互に見るその視線が痛かった。


「…主任、こういうことだったんすね」

「私は、私は…」

「おい、佐藤!何言ってるんだ!早くその女出せ!」


近づく大山の前に佐藤くんが立つ。大山が「退け!」と叫んだが、彼は一歩も動かなかった。


「大丈夫です。もう既に警察を呼びましたので」


その言葉と同時に、入り口の方から警官が二人現れた。こっちへ走ってきた彼らが早速大山を捕縛する。後で来た婦警が彩響に声をかけた。


「もう安心してください、大丈夫です」


大山が大暴れして、警官に連行される。それを見たら急に足の力がなくなり、そのまま地面にへたり込んでしまった。佐藤くんが心配そうに声をかけた。


「主任…」

「……」


このまま気を失えばいいのに、彩響は本気でそう思った。こんなことに耐えられるほど自分は強くなかったと、改めて思う瞬間だった。