「というわけで、家政夫はもう要らない、とのことでいいかな?」
「そうです、Mr.Pink。お世話になりました」
「まあ、元々はお客様にもう一回検討するようお願いしたりもするが…今回は例外としよう」
日差しが差し込む中、Mr.Pinkが微笑を見せる。彩響はさっそく渡された解約書にサインし、印鑑を押して返した。Mr.Pinkがそれをファイルに戻して話を続ける。
「まあ、ある程度予想はしていたよ。三和くんがあれだけ感情的になったところをはじめて見たし、ハニーも積極的に行動してくれたし」
「からかうのはおやめください」
「いや、私は本気で喜んでいるよ。若者の微笑ましい話を聞かせてくれてありがとう。そして、とてもお似合いだと思っているよ。まあ、ちょっと私へのチャンスがなくなったようで寂しい気持ちもあるけどね」
「え?」
「三和くんに飽きたらいつでもおいで、ハニー。君のような素敵な人はいつでも歓迎するよ」
意味深な言葉を残して、Mr.Pinkはカフェを出てしまった。いつものことで特に珍しくもないが、今の言葉はいったい…?まあ、気にしないでおくのがいいだろ、そう考えて彩響はカフェを出た。
会社に一旦戻り、急ぎの案件を処理する。まだ定時前だけど、彩響は時間を確認して部屋を出た。廊下を走っていた佐藤君が彩響を見て声をかける。
「編集長!」
「佐藤君、お疲れ。インタビュー無事終わったのかな?」
「30分待たされたけど、無事終わりました!今からデータ確認して記事書くところです」
「そうか。今日は私先に帰るね、用事があって」
「あ、もしかして、今日ですか??」
佐藤君の質問に彩響が大きく頷いた。それを見る佐藤君の顔が明るくなる。
「なるほど、了解っす!気合いれていかないと!」
「いや、そんなことでもないよ。じゃ、後はよろしくね」
「お疲れ様でした!」
編集長になって以来、業務はもっと厳しく、もちろん量も増えた。未だに彩響が編集長になったことに不満を持っている人もいる。しかし徐々に雰囲気も変わっていると思われる。まだ時間はかかるけど、近いうちに女性社員を雇う予定もあるらしく、もうすこし働きやすい状況になると思う。
(これからはもっと忙しくなるよね…。でも、嬉しいことだから、頑張れる。)
家に帰り、カバンを下ろして時間を確認する。約束した時間まであと10分。そわそわする気持ちで待っていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。早足で玄関に向かい、扉を開けると、そこには…。
「いらっしゃい、寛一さん」
「彩響さん、わざわざすみません。仕事は大丈夫でしたか?」
いつもと変わらない服装で、いつもと変わらない表情。そして「会いたかった」とか「会えて嬉しい」とか、そういうことより先に仕事の心配をするところがまた寛一さんらしい。彩響が顔を横に振った。
「大丈夫、一日くらい編集長特権でなんとかなります」
「そうですか。良かったです」
「中に入って」