彩響の挨拶にもあまり反応がない。静かな空気の中、二人はしばらくそのまま立っていた。寛一さんは最初驚いて、そして大きくため息をついて、持っていたダンボールを隣に下ろした。洋服と顔のあっちこっちに墨がいっぱい付いていた。


「…成のやつ、あれだけ口封じしたのに、結局言ったんですね」

「責めないで、私もある程度想像はしていたから。…それとも何、私にはもう絶対会いたくなかったんですか?」


「違う」って言って欲しいのに、寛一さんは言ってくれなかった。代わりに視線を落として、顔を抱える。行動の意味がますます分からなくなって、彩響は又心の奥底からイラっとするのを感じた。


「私、なにかしましたか?」

「違います」

「じゃあなんであんな風に消えたんですか?別に辞めたいと言ったら止めたりしませんよ。それに、あのドレスはなんだったの?」


寛一さんが顔を上げる。まっすぐ自分を見つめる目に、彩響も視線を逸らさず見つめ返す。寛一さんが恐る恐る口を開ける。


「ここで火事があったと言ったこと、覚えてますか?」

「覚えてますよ」

「そのとき、客の洋服も全部燃えてしまって、全員に電話しました。客の立場からするとありえない話でしょう、預けておいた服が燃えてなくなってしまうなんて。ほとんどの人は激怒して、怒鳴ったりしました。こんなこと言ってはあれですが…これを機に元値段の倍以上を請求する人もいました」

「そんな、酷い…」

「仕方ないです、悪いのは客の大事な洋服をきちんと守れなかった俺ですので。でもさすがに何百人のクレームを聞いていると、精神がぼろぼろになるものですね。言い訳に過ぎませんが、火事は原因不明で、決して俺がわざとやったわけでもないのに…」


寛一さんが一歩こっちへ近づいてきた。何も言わず、彼が微笑む。その行動の意味をしばらく把握できず、彩響はぼーっと見つめた。やがて…遠い昔のある記憶が蘇るのを感じた。


(もしかして、あのときの…?)


一度思い出した記憶は津波のように頭の中に流れてくる。そうだ、確かに、あの時、電話を貰ったんだ。預けたドレスの件で、何かの謝罪電話を…。彩響が慌てて質問した。


「私たち、以前会ってますか?」

「正確には、「電話越しで」お話をしてます。その時はまだ彩響さんの存在を全く知らない状況でしたけど」

「じゃあ、火事があったとき、私のドレスも一緒に燃えたんですか?」

「そうです。今でも昨日のことのように覚えています。俺はその日もずっとお客様たちに謝罪電話をしていました。そしてウェディングドレスを預けてくれた人の順番になり、すごく緊張していました。『今回はどれくらい責められるんだろう…』と」



「はい、もしもし」

「お世話になります。こちら青森クリーニングと申しますが…」


全く見覚えのないお店からの電話だった。パソコンで「青森クリーニング」と検索してみるけど、サイトが出てくるだけでやはり見覚えのない業者だった。


「はい、どうされましたか?」

「『伊藤武宏』さまのお電話で間違いないでしょうか?以前お預かりいただいたウェディングドレスについての相談です」