(…感情の整理、ね…)
仕事を終え、家に向かうまで、ずっとその言葉が頭を離れない。夜空を見上げ、彩響はずっと考えた。
理央も同じことを言っていた。代理ならいくらでもいる、必ずしも寛一さんを家政夫として雇う必要はない。寛一さんにも事情があったかも知れないし、彼の人生にいろいろ口出しする権利はないとよく分かっている。なのに、どうして、ここまで激しい感情になり必死で彼に会いたがっているんだろう。頭ではいい加減にしろと言っているのに、心がそれを否定する。
(…一人ではこれは絶対無理だ。だから、やはり会うしかない)
確か今日は河原塚さんが夕方来てくれる日だ。彩響は急いで玄関の扉を開いた。中に入ると、床を拭いていた河原塚さんがこっちに気付いてくれた。いつものように彼が明るい挨拶をする。
「よ、彩響!今日は帰り早いな」
「河原塚さん、こんばんは。あなたに会おうと思って早く帰って来ました」
「あ、なるほどね。…寛一の件?」
「そう。今どこにいるのか教えてください」
河原塚さんが困った顔をする。彼がエプロンを外し、彩響に近づいてきた。
「困るんだよな、俺、絶対誰にも教えるなと口封じされちゃって。そもそも、何であいつに会いたがるの?もう仕事辞めたじゃん」
「会って話したいことがあるんです」
「何を話したいの?」
「それは…」
「俺、一応あいつのダチだからさ。いい加減な理由では教えたくないんだよね」
河原塚さんの言葉に彩響が深呼吸をする。改めて話しをしようとするには結構大きい勇気が必要だった。
「…分からないんです」
「…うん?」
「どうしてここまで私が必死になるのか、それが自分でも分からないんです。だから会って確かめたいです。本人に直接会えば、きっと答えが見えてくると思います。これから自分がどうしたいのか、どうなりたいのか」
彩響の答えに河原塚さんは意味深な微笑を見せた。それを彩響は固唾を飲んで見守った。
「そうだな、やはりダチを裏切るのはあれなんだよなー」
「……」
「あ、でもあいつ『連想ゲーム禁止』とかは言ってないよな」
その言葉に彩響が顔を上げる。河原塚さんの顔に大きい笑顔が見えた。そうだ、この人はこういうタイプの人だったんだ。彩響が質問を始める。
「…寛一さんは、今外国にいますか?」
「ノー」
「じゃあ都内にいますか?」
「ノー」
もうこれなら答えは一つだ。
「青森にいますか?」
河原塚さんは何も言わない。ただ笑顔で大きく頷いてくれた。
記憶をさかのぼり、青森の駅から彼の地元へ向かう。人通りの少ない道を歩き、遠くから例のあの店が見えた。まだ残酷な事故の傷跡から完全に復活できてないその場所に、彩響は入っていった。
電気もきちんとついてない、薄暗い中。あっちこっち転がっている家具はその日のままだった。時間が止まってしまったようなこの場所で、彩響は深呼吸をする。やがて、店の奥から物音がして、誰かがこっちに来るのが見えた。その人は彩響に気付いてその場で立ち止まった。
「こんにちは、寛一さん」