数年通いなれた廊下を通り、自分の席がある部屋に入る。ドアを開けた瞬間からもう早速自分に刺さる視線が痛い。すぐ視線を逸らす人もいれば、堂々と見続ける人、そして片隅で何かささやいている人たちもいる。その全てを見て見ぬふりし、彩響は自分の席に座った。早速佐藤くんが隣へやってきた。
「主任、おはよっす。調子はいかがですか?」
「ありがとう、おかげさまでだいぶ回復してます。本当にいろいろとありがとう」
「いいえ、俺、そんな大したことしてないっす」
佐藤くんには本当に最初から最後までいろいろとお世話になっている。休み間もずっと会社の雰囲気を伝えてもらったし、そのおかげで心の準備をすることもできた。感謝する彩響に佐藤君は照れながら首を横に振る。
「先日又警察署に行ってきました。俺のメッセージのやりとり記録と、それを俺が送ってないこととか証明する書類出してきたんです」
「そうか、大変だったね」
「いいえいいえ、そして…今日主任が来るって上に伝えてます。10時に役員会議をするらしっす。主任も参加するとのことでした」
「…うん、分かりました」
「なんかあったら、言ってください。俺、いつでも力になります」
佐藤君の言葉は嬉しい。でも、今は本当に大丈夫。そして今は一人で踏み出す瞬間だと、彩響はよく知っていた。
――あなたは悪くない。なにも悪くないから。
そう言ってくれる人がいる。だからきっと大丈夫。うまくいく。
「…ありがとう、でも今は大丈夫」
「本当っすか?」
「そう。それに今は誰かの力を借りず、一人で何とかしなきゃいけない瞬間なの」
佐藤くんもそれ以上は何も言ってこなかった。彩響は時間に合わせ、会議室に向かった。
数回深呼吸して、会議室のドアノブを回す。もう既にその中には役員たちが集まっていて、皆一斉に彩響を見つめた。皆どう思っているのか、今の彩響にははっきり分からない。しかし、胸を張って、堂々と部屋の中に入って行った。
「峯野主任。今日呼んだ理由についてはもう分かっているよな?」
「…はい」
「今、君と編集長の件で社内はもう大騒ぎになっている。社外でももう既に噂になっている。それについてなにか言いたいことはあるかね?」
役員一人が質問する。堅苦しい空気の中、彩響が席から立ち上がった。震える声を抑え、やっと口を開ける。