それから三日が経った。

事故の件で、会社からは自然と1週間の病気休暇が出た。しかしそれを全部消化せず、彩響は着替えて鏡の前に立った。今日は特別に家政夫さんが力をいれアイロンしてくれたスーツにした。まだ治ってない顔の傷は絆創膏で隠し、覚悟を決めリビングに出る。そこには寛一さんが待機していた。


「行かれますか?」

「はい、まだ正直不安ですけど」

「胸を張ってください。あなたが堂々としていられない理由はありません」


これから職場に向かう。もう既に噂になっていて、どんな雰囲気なのかは佐藤君に聞いてある程度は把握している。きっと真っ先に「上司を逮捕させるなんて、酷い女だ」と言われるのだろう。
――でも、踏み出すしかない。

ここで逃げたり、隠れたり、そういう選択肢もあったけど、どうしてもそれはしたくなかった。なぜなら…


「彩響さん」


玄関先まで付いて来た寛一さんが彩響を呼び止めた。振り向くと、彼が真剣な顔で言い出す。


「誰が何を言おうと、気にしないでください。これだけ覚えていれば結構です…あなたは悪くない。なにも悪くないから」

「うん、知ってます。私は悪くない」

――そう、決して自分は悪くない。だから前に踏み出す。これだけ強く言ってくれる人が隣にいるから、それだけで大きい力になるから。

その返事に、寛一さんがにっこりと笑った。やっと少しは安心できたようだった。とても優しい笑顔で、彼が話を続ける。


「あなたはとても素敵で、強い人です。…俺がどれだけあなたに世話になったか、きっと想像も付かないでしょう」

「そんな、いつも大げさです。私だってお世話になってますから」

「はい。…行ってください。行って、今日をあなたの日にして帰ってきてください」

「うん、では、行ってきます」

「はい。…さよなら、彩響さん。気をつけて」

「…?」


寛一はただ微笑んで、玄関を開けてくれた。彩響もそのまま家を出た。


なんかさっきの言葉が気になったけど、その意味は後で確認しよう。

今は目の前に訪れる、「戦争」の準備をする瞬間だった。