応急治療室で簡単な処置を受け、タクシーに乗り家に戻ってきた。長い時間寛一さんは何も言わず彩響の隣にいてくれた。玄関に入り、すぐ部屋に行った彩響はそのままベットの上に倒れた。お風呂に入る気力はもう残ってない。なにか物音がして、見ると寛一さんがキッチンからお茶を持ってきた。やっとベットから起き、お茶をいっぱい飲んでから又そのまま倒れた。
「先ほど佐藤さんから連絡がありました。会社には自分から報告するとのことでした」
「…はい」
「…今日はこのままお休みになってください」
「あの、寛一さん…!」
いつも何も考え寝ている自分の部屋なのに、どうしても今日は落ち着かない。この暗闇の中でひとりきりになることを考えるだけで又体が震える。空の湯のみを持って部屋を出ようとした寛一さんを、彩響が引きとめた。
「なにか必要ですか?」
「あの、その…」
どう言えば良いのか分からない。うまく言えず、ただ布団を手でぎゅっと握る。その姿を見て寛一さんがこっちへ来た。彩響からはちょっと離れた場所で、彼が床に座った。
「彩響さんが眠るまでここにいます」
「…ありがとうございます…」
「いいえ、あんなことがあったのに簡単に眠れるわけないでしょう」
再び横になり、眠りを誘う。言われた通り簡単には寝れそうにない。暗い天井をじっと見つめると、今までの出来事が夢のように思えた。もちろん、体の筋肉痛がそれを否定したけど。
(昔もこんなこと、あったんだよね…)
それは小学生2年生の時のことだった。当時はまだ親も離婚してない状況で、特に家庭環境が悪いとかそういう時期でもなかった。でも、あの時お母さんは…。
「警察署で、最初は家族を呼ぶように言われました」
いきなり飛び出た話題だったけど、寛一さんはいつもの落ち着いた声で答えてくれた。
「ご家族は呼んでませんでしたか?」
「無理でしょう。こんなこと、知られたら何言われるか分からないし」
「…どういう意味ですか?」
自然とため息が出る。これはなかなか誰にもいえない、辛い記憶だ。
「小学生の頃、近所の遊び場でセクハラをされたんです。面識のあるおじさんでした。ズボンの中に手突っ込まれて、あっちこっち触られて」
「そんな…」
「当時はそれがセクハラなのか、そんな概念もなかったです。でもなんか気持ち悪くて、お母さんに言いました。そしたらお母さんが言ったんです。『だからそんな短い半ズボン履いちゃいけないって言ったでしょう?』、と」
寛一さんが頭を抱える。軽く暴言が聞こえたけど、聞こえないふりをした。お母さんとの話はそれだけではなかったから。
「大学の飲み会で、先輩に無理やり引っ張られてお尻を触られたときは『何で抵抗しなかったの?あなたも気があったから当ててあげたんじゃないの?』と言われたし、以前どっかのトイレで女子大生が全く知らない男に殺された時も、『あんな人目の付かない片隅にあるトイレに一人で行ったのが愚かだ』と言ったんです」
「正気ですか??正気でそんなこと言ってるんですか??」
「正気でしょう」
「一体娘を、いや女性をなんだと思っているんですか?」
「お母さんはずっとそうだったんですよ。女はこうであるべきだと枠に入れて、少しでも反発するとくそビッチ扱いする。自分が望むように大人しく育って、年頃になったら結婚して、子供生んで、自分に孫の顔を見せてくれることが女として最高の人生を歩んだことになると信じ込んでいる。あの大山のやつも一緒です。私が自分が思う女性像のように従順ではなかったから、それが悔しくて悔しくて、男である自分が優位にいると証明したかったんでしょう」
言葉に出すと、意外と冷静に話すことができた。今までずっと誰にも言えずに心の奥底にしまっておいた辛い記憶。一回吐き出すと少しはすっきりする。もちろん、それを聞く側はそうではないようだったけど。寛一さんは顔をぱっと上げた。
「先ほど佐藤さんから連絡がありました。会社には自分から報告するとのことでした」
「…はい」
「…今日はこのままお休みになってください」
「あの、寛一さん…!」
いつも何も考え寝ている自分の部屋なのに、どうしても今日は落ち着かない。この暗闇の中でひとりきりになることを考えるだけで又体が震える。空の湯のみを持って部屋を出ようとした寛一さんを、彩響が引きとめた。
「なにか必要ですか?」
「あの、その…」
どう言えば良いのか分からない。うまく言えず、ただ布団を手でぎゅっと握る。その姿を見て寛一さんがこっちへ来た。彩響からはちょっと離れた場所で、彼が床に座った。
「彩響さんが眠るまでここにいます」
「…ありがとうございます…」
「いいえ、あんなことがあったのに簡単に眠れるわけないでしょう」
再び横になり、眠りを誘う。言われた通り簡単には寝れそうにない。暗い天井をじっと見つめると、今までの出来事が夢のように思えた。もちろん、体の筋肉痛がそれを否定したけど。
(昔もこんなこと、あったんだよね…)
それは小学生2年生の時のことだった。当時はまだ親も離婚してない状況で、特に家庭環境が悪いとかそういう時期でもなかった。でも、あの時お母さんは…。
「警察署で、最初は家族を呼ぶように言われました」
いきなり飛び出た話題だったけど、寛一さんはいつもの落ち着いた声で答えてくれた。
「ご家族は呼んでませんでしたか?」
「無理でしょう。こんなこと、知られたら何言われるか分からないし」
「…どういう意味ですか?」
自然とため息が出る。これはなかなか誰にもいえない、辛い記憶だ。
「小学生の頃、近所の遊び場でセクハラをされたんです。面識のあるおじさんでした。ズボンの中に手突っ込まれて、あっちこっち触られて」
「そんな…」
「当時はそれがセクハラなのか、そんな概念もなかったです。でもなんか気持ち悪くて、お母さんに言いました。そしたらお母さんが言ったんです。『だからそんな短い半ズボン履いちゃいけないって言ったでしょう?』、と」
寛一さんが頭を抱える。軽く暴言が聞こえたけど、聞こえないふりをした。お母さんとの話はそれだけではなかったから。
「大学の飲み会で、先輩に無理やり引っ張られてお尻を触られたときは『何で抵抗しなかったの?あなたも気があったから当ててあげたんじゃないの?』と言われたし、以前どっかのトイレで女子大生が全く知らない男に殺された時も、『あんな人目の付かない片隅にあるトイレに一人で行ったのが愚かだ』と言ったんです」
「正気ですか??正気でそんなこと言ってるんですか??」
「正気でしょう」
「一体娘を、いや女性をなんだと思っているんですか?」
「お母さんはずっとそうだったんですよ。女はこうであるべきだと枠に入れて、少しでも反発するとくそビッチ扱いする。自分が望むように大人しく育って、年頃になったら結婚して、子供生んで、自分に孫の顔を見せてくれることが女として最高の人生を歩んだことになると信じ込んでいる。あの大山のやつも一緒です。私が自分が思う女性像のように従順ではなかったから、それが悔しくて悔しくて、男である自分が優位にいると証明したかったんでしょう」
言葉に出すと、意外と冷静に話すことができた。今までずっと誰にも言えずに心の奥底にしまっておいた辛い記憶。一回吐き出すと少しはすっきりする。もちろん、それを聞く側はそうではないようだったけど。寛一さんは顔をぱっと上げた。