今までここまで惚れ込んだ女がいただろうか。


俺は目の前の白くきめ細やかな肌を持つ女を見つめてため息を吐き出した。


漆黒色の長い髪は肩まで伸び、艶のある輝きを放っていた。


「俺は君に出会うために生まれた」


クサイセリフも、彼女の前では自然とこぼれる。


うわべだけを滑って行く言葉ではなく、ちゃんと深みを持っている言葉なのだと、君が信じてくれれば良いのだが。


彼女は俺の言葉に軽く頬を染め、そして笑った。


その笑顔はまるで一輪のユリの花のうに美しく、そしてリコリスのように甘く、彼岸花のように残酷で、俺は心臓をわしづかみにされる。


たったこれだけの微笑にさえ、あらゆる過去を秘めている彼女はとても艶美で妖艶だった。


今までの女たちとは住んでいる世界が違う。


そう感じさせる何かを持っている。


けれど、彼女は自分の多くを語ろうとはしなかった。


いや、実際俺の前で口を開いたことは1度もない。


ただ、首を縦にふるか、横に振るか。


そして、時折さっきのような微笑を浮かべるか、それだけだった。


それゆえ、彼女と一緒にいる時は主に俺が色々な身の上話をきかせてあげていた。


「今日はどんな話をしようか?」


そう訊ねると、彼女は軽く首をかしげた。


あぁ……。


君はどんな声を持っているのだろう。


きっと、鈴の音というありきたりな言葉では言い表す事ができないほどの、透き通った声を持っていることだろう。


細く、滑らかな声色をしていることだろう。


俺が君の声に思いをはせていると、1階から親の声が聞こえてきた。


「あぁ。俺はもう行かなくては」


彼女と片時も離れていなくないと思うのに、世間はそれを許さない。


俺は彼女に近づき、そして冷たい唇にキスをした。




目の前にある鏡に布をかけ、俺は1階へと降りていく。


「そろそろ髪を切ってきなさい。肩までついてるじゃないの」


「いいんだよ、俺はこれで」


そう答え、艶のある髪に触れる。


今度はロングヘアーの彼女を見て見たい。


そう、思いながら。