陽菜の暴露ですべてが明らかになり、状況は大きく変わった。
私と碧が教室に戻ると、真っ先に話しかけてきたのは意外な人物だった。
「ごめんなさい!よく知りもしないで責めたりして、本当にごめんなさい」
「…え……」
心美が頭を下げると、理彩やその友達も頭を下げてくれたんだ。
「…別にいいよ…。何も知らなかった皆からすれば、私は悪者だったんだから。仕方ないよ。だから頭上げて?」
こうやってクラスメートの誤解が解けたのも、陽菜のおかげだ。
「陽菜、本当にありがとう」
「俺からも。本当に感謝してる」
思いが伝わるように、丁寧にゆっくり話す。
陽菜は照れてしまったのか、そっぽを向いてしまった。
「ホントに感謝してるなら、もう一度甲子園目指しなさいよ?わかった?」
陽菜らしい言葉。
「当たりめーだろ?」
碧らしい言葉。
「よっしゃ!今日から藤北再始動や!俺らなら絶対甲子園行ける。せやろ?」
大雅らしい言葉。
夏に向けて
止まりかけた時が再び動き出した─
碧が完全復活した野球部は最強だ。
皆、生き生きして練習している。
陽菜と碧が一連の事件の真相を話してくれたおかげで、皆温かく私を受け入れてくれた。
そして、碧らしいなと思ったのが、
“松平と鈴宮のことを責めるのはやめよう。責めても何も生まれないって気づいたから”
と話したこと。
”その代わり関わりもしない”とも言っていて、縁は切るようだ。
しがらみを全て取っ払って、私たちは前に進んでいる。
「おぉーい!何やってんだ碧!ちゃんと捕れよー!」
「はっ?うるせぇっ、お前がちゃんと投げろっ」
何百回も見てきたキャッチボール。
今まで見た中で1番楽しそうだ。
練習はこれからどんどん厳しくなっていくのに、誰もツラそうじゃない。
この野球部が大好きだ。
夢に向かって真っ直ぐで一生懸命。
全員が夢を叶えられると信じている。
輝かしくて眩しいこの景色が大好き。
気持ちを切り換えるのは容易ではなかったはず。
それなのに、皆もう前を向いている。
きっとそれは…皆の先頭に立つ碧が前を向きはじめたから。
言葉で引っ張るキャプテンじゃなく、態度やプレーで引っ張る影のキャプテン。
それは少年野球時代と変わらない。
“絶対甲子園に行く。お前らとなら絶対に夢は叶えられる”
ビッグマウスなところも、自信ありげに振る舞うところも。
「眩しっ…」
春をすっ飛ばし、夏を告げる太陽の光が目に入った。
日光は、目下で走り回る希望の星たちをキラキラと照らしていた。
─7月
「はぁぁぁぁー、涼しーー!」
「アイスいる?」
「いる!」
碧の部屋のクーラーは我が家よりも利きがいい。
最近はよく碧の部屋に入り浸っている。
「ん、アイス」
ベッドに寝転がっているところへ、ヌッとアイスがかざされる。
「汗かいた制服でベッドに乗るなよ」
「碧のベッドいい匂いするんだもーん」
「キモ…」
「なによっ。もうじき彼女になる女の子に、ふつうキモって言う?」
「言うよ。だって俺らそーゆー関係じゃん」
……。
何でも言い合える関係と言えば聞こえはいいけどさ…。
なんか上手く誤魔化されてるような気がしてならない。
「早く食わねぇとアイス溶けるぞ」
結局、両想いだと分かってもこういう関係性は変わらない。
だからいいのかもしれない。
サク…サク…とアイスをかじる音だけが続く。
碧は棚の上に飾ってある写真を見つめている。
埃を被っているものが多い中、あの写真だけはいつでも綺麗。
4歳くらいの碧が、自分の顔より大きいグローブを抱いる。
その隣には、有名な球団のユニフォームを着た碧パパが立っている。
「父さんにできたことは俺にもできるよな」
一輝さんはエースとして甲子園のマウンドに立ち、チームを準優勝まで導いた。
そんなことを考えてるってことは、やはり碧は予選を前に緊張しているのかもしれない。
「当たり前でしょ?あの星矢碧が完全復活して、猛練習してきたんだよ?他の皆も碧に負けじと練習してきた。負ける理由がどこにあんのよ」
ここから先は、負けた瞬間に引退が決まる。
夏が終わる。
秋の予選とは背負っているものが違う。
でも、そんなの関係ない。
関係ないくらい、皆練習した。
「絶っっ対大丈夫だよ」
ギュッと手を握る。
碧の手は温かい。
「絶対負けねぇ。そう簡単に夏は終わらせない」
もう、小さな絶対エースはいなかった。
見かけだけじゃない、本心から自信に満ち溢れたたくましいエース。
碧に、藤北の皆に、夏を託したよ。
全力でサポートするから。
どうかこの夏が続きますように─。
**
ついにこの日が来た。
闘いの幕開け。
夢への第一歩。
「っしゃ!!気合い入れていくぞぉぉ!!」
「おぉぉぉぉー!!」
栗ちゃんの声かけに、全員が気持ちを1つにする。
「碧、ちゃんと勝ってきてね」
「おう。任せろ」
初戦の記録員は陽菜だから、私は大雅と一緒にスタンドから応援だ。
次に会うのは試合が終わったあと。
笑顔で再会できるかどうかは試合にかかっている。
「ほな、あんま無理せず頑張りや。普通にやったら絶対勝てるから」
大雅の言う通り、藤北は序盤から快調だった。
投げれば連続三振ショー、打てば特大ホームラン。
そんな碧の活躍だけじゃなく、鉄壁の守備も光っている。
どんな打球でも食らいつき、アウトにする。
逆に、攻撃に転じると、一人がヒットを打てば続いて何人も勢いに乗り、大量得点。
「コールドやなこれ」
大雅の言った通り、5回が終わった時点で点差は10となった。
「まずは一勝。幸先えぇやん」
初戦をコールドで勝ち上がり、続く試合も危なげなく終わっていく。
藤北は、創立以来1番の好調を維持したまま順調に準決勝まで駒を進めた。
地元紙は、藤北の再奮闘を讃える記事を掲載してくれて、部内の士気は最大限まで高まっている。
今、準決勝が始まろうとしている。
奇しくも、相手は去年敗れた因縁のチーム。
地元紙では、優勝候補だと言われており、さらには甲子園ベスト4以上を期待されているチームでもある。
今年1番の大勝負─。
試合開始のサイレンが鳴り響いた─。
背中に大きな「1」を背負った碧がマウンドに立っている。
スコアブックを持つ手が震える。
「月川の方が緊張してどうすんだ」
齋藤先生は、ベンチに持たれて余裕そうに眺めている。
「アイツらの顔、見てみ?」
「顔…?」
遠くて見づらいけど、確かな自信を感じる。
胸を張って堂々としている。
そんな顔だ。
「最悪な形で甲子園出場を逃したのに、自分たちの力だけで復活した。自分たちで支え合って、乗り越えた。衝突もあったけど、今こうして一つになってる」
齋藤先生の言葉が、ストン…と心に落ちる。
「それってさ…甲子園出場なんかよりもよっぽどすげぇことだよ。はるかに難しいことだし、俺がアイツらの立場だったら腐ってたかもしれない。それくらいの苦難を乗り越えれたアイツらだから、絶対に大丈夫。アイツらは誰よりも強い」
厳しい練習を課しながらも、自分たちで考えさせ、一歩離れたところから見守ってくれていた。
そんな齋藤先生からの言葉は、涙腺を緩ませるのには十分すぎるくらいだった。