「そうね……それがあなたの決定した事なら仕方ないわ」
夏央はそう言うと私へと背を向けた。長くて艶のある黒い髪が、その体の動きに合わせ、さらりさらりと円を描くように靡いた。
私はその髪の動きに見蕩れている。
「また、あなたは私の髪に見蕩れているわね?」
自身の髪をその掌に乗せると、乗せきらなかった髪が、まるで零れ落ちる水のように滑らかに落ちていく。
そして振り返るとにこりと微笑んだ。その微笑みは何故かとても嬉しそうで、大人びた夏央の顔が満面に喜色を湛えている。
「ねぇ……触ってみたいんでしょ?」
机に座る私の前に覆い被さるように立ち、その美しく長い黒髪を見せつけるように垂らす。
二人だけしかいない静かな教室の中で、私のごくり生唾を飲み込む音がやたらと大きく聞こえた。
「我慢しないで……あなたになら触られても良いの」
私の耳元に口元を近付け、囁きかける夏央。その吐息が私の耳をくすぐる。耳元へと顔を寄せた夏央の髪の毛がはらりと垂れ、私の頬を撫でていく。
ぞわりぞわり……
背筋に電気を流されたような感覚に陥ったが、しかし、私はそれを嫌だとは思えなかった。
あぁ……
やっぱり私には出来ない……
両手で頭を抱えるようにして俯く私。
今度はその背後に回った夏央が私の肩へと手を置いた。透き通るように白く、細い指。強く握ると壊れてしまう硝子細工のような掌。
「本当に?」
今度は背後から私の耳元で囁きかけると、後ろからそっと抱きしめてきた。
首筋にキスをされた。
触れるか触れないか……そんなキスを。
また背筋に電気が流れる。
そして……わざとだろう。その長い髪を背後から、さぁ触ってと言わんばかりに私の方へと垂らす。
私の胸元には夏央の美しい黒髪がある。
ほわぁっと、私の口から吐息が漏れた。
「触って頂戴……」
夏央が耳元で囁いてくる。その甘い声は私の理性を吹き飛ばしてしまう。
恐る恐る、震える手で夏央の髪を触った。
とても滑らかでシルクのような触り心地。同じ人間の髪でもここまで違うのかと言うくらいに、触っていて、それはとても心地良かった。
触ってしまうと、私は次の欲望へと掻き立てられた。
匂ってみたい……
さすがにそれは駄目だと思った。
でも夏央はそんな私の心の内を見透かしたように微笑み、良いわよと囁いた。
その囁きに私の心の箍が外れていくのが分かった。
まるで宝物を触るようにゆっくりと夏央の髪を顔へと近づけていく。
あと少し……
私の鼻先へと濡鴉のように艶のある黒髪が近づいていく。
あと十センチ……
あと五センチ……
あと……
「はぁい、そこまでっ!!」
突如、力強く開けられた教室の扉。
そこには仁王立ちをした風紀委員長が、私と夏央を鬼のような形相で睨んでいる。
「なにやってんの、明日香?アンタはそこの女装男子の髪をばっさりと坊主にする役目を任せたのに、逆に丸め込まれてるじゃないの?」
面目無い……我に返った私は、睨みつけている風紀委員長の顔をまともに見ることができなかった。
ふと夏央を見ると、蒼白な顔をして引き攣った笑顔を浮かべ風紀委員長を見ている。
風紀委員長の手にはバリカンと男子用の制服。
じりじりと教室の隅に追い詰められる夏央。その目はうるうると涙ぐんでいる。
「観念しなさい……夏央」
教室からはバリカンの音と、啜り泣く夏央の声だけが聞こえてくる。
私はただ耳を塞ぎ、目を瞑る事しか出来なかった。
ごめんね……夏央の長くて艶やかな黒髪。
私の力量じゃ、あなたを守る事が出来なくて。
さよなら……私の恋。
思い出をありがとう。
心の中でそう呟くと、風紀委員長と私は、咽び泣く夏央を残して教室を後にした。
夏央はそう言うと私へと背を向けた。長くて艶のある黒い髪が、その体の動きに合わせ、さらりさらりと円を描くように靡いた。
私はその髪の動きに見蕩れている。
「また、あなたは私の髪に見蕩れているわね?」
自身の髪をその掌に乗せると、乗せきらなかった髪が、まるで零れ落ちる水のように滑らかに落ちていく。
そして振り返るとにこりと微笑んだ。その微笑みは何故かとても嬉しそうで、大人びた夏央の顔が満面に喜色を湛えている。
「ねぇ……触ってみたいんでしょ?」
机に座る私の前に覆い被さるように立ち、その美しく長い黒髪を見せつけるように垂らす。
二人だけしかいない静かな教室の中で、私のごくり生唾を飲み込む音がやたらと大きく聞こえた。
「我慢しないで……あなたになら触られても良いの」
私の耳元に口元を近付け、囁きかける夏央。その吐息が私の耳をくすぐる。耳元へと顔を寄せた夏央の髪の毛がはらりと垂れ、私の頬を撫でていく。
ぞわりぞわり……
背筋に電気を流されたような感覚に陥ったが、しかし、私はそれを嫌だとは思えなかった。
あぁ……
やっぱり私には出来ない……
両手で頭を抱えるようにして俯く私。
今度はその背後に回った夏央が私の肩へと手を置いた。透き通るように白く、細い指。強く握ると壊れてしまう硝子細工のような掌。
「本当に?」
今度は背後から私の耳元で囁きかけると、後ろからそっと抱きしめてきた。
首筋にキスをされた。
触れるか触れないか……そんなキスを。
また背筋に電気が流れる。
そして……わざとだろう。その長い髪を背後から、さぁ触ってと言わんばかりに私の方へと垂らす。
私の胸元には夏央の美しい黒髪がある。
ほわぁっと、私の口から吐息が漏れた。
「触って頂戴……」
夏央が耳元で囁いてくる。その甘い声は私の理性を吹き飛ばしてしまう。
恐る恐る、震える手で夏央の髪を触った。
とても滑らかでシルクのような触り心地。同じ人間の髪でもここまで違うのかと言うくらいに、触っていて、それはとても心地良かった。
触ってしまうと、私は次の欲望へと掻き立てられた。
匂ってみたい……
さすがにそれは駄目だと思った。
でも夏央はそんな私の心の内を見透かしたように微笑み、良いわよと囁いた。
その囁きに私の心の箍が外れていくのが分かった。
まるで宝物を触るようにゆっくりと夏央の髪を顔へと近づけていく。
あと少し……
私の鼻先へと濡鴉のように艶のある黒髪が近づいていく。
あと十センチ……
あと五センチ……
あと……
「はぁい、そこまでっ!!」
突如、力強く開けられた教室の扉。
そこには仁王立ちをした風紀委員長が、私と夏央を鬼のような形相で睨んでいる。
「なにやってんの、明日香?アンタはそこの女装男子の髪をばっさりと坊主にする役目を任せたのに、逆に丸め込まれてるじゃないの?」
面目無い……我に返った私は、睨みつけている風紀委員長の顔をまともに見ることができなかった。
ふと夏央を見ると、蒼白な顔をして引き攣った笑顔を浮かべ風紀委員長を見ている。
風紀委員長の手にはバリカンと男子用の制服。
じりじりと教室の隅に追い詰められる夏央。その目はうるうると涙ぐんでいる。
「観念しなさい……夏央」
教室からはバリカンの音と、啜り泣く夏央の声だけが聞こえてくる。
私はただ耳を塞ぎ、目を瞑る事しか出来なかった。
ごめんね……夏央の長くて艶やかな黒髪。
私の力量じゃ、あなたを守る事が出来なくて。
さよなら……私の恋。
思い出をありがとう。
心の中でそう呟くと、風紀委員長と私は、咽び泣く夏央を残して教室を後にした。