あれだけはやはりだめだ。
遺言のつもりで書いた、こいつへの気持ちをも記したべっべたの恋愛小説など、私の前で読まれた日には舌を噛み切る前に血が沸騰して死んでしまう。
最初は題材なんて、何でも良かった。
ただ、恋愛の方が受けが良いのかな程度の気持ちで書き始めた。
だけど、恋愛経験が皆無だった私には、出だしで詰まってしまった。
悩んでイライラして焦っていた。
だけど、そんな私を救ってくれたのは……今だから言えるが……奴との望んでいなかったはずの日常だ。
母の為に書いた小説。
奴がいたから書けた小説。
母の為に作った夢を、奴がもうすぐ叶えてくれる。
確かに奴は、薬指の約束を守ってくれた。
どんなに感謝してもし尽せない。
私は一体、そんな奴に……何を遺してあげられるのだろう。
痛みを緩和する為、常に夢や幻を見させられた状態で、真剣に考えた結果だった。
彼が私に人生を捧げようとしてくれたなら、私は彼に命を捧げよう。
永遠に彼を見守るという誓いと、彼の生きる医学の進歩の為の……本当は違う意味の方を望んでいた……献体というプレゼント。
この人にならどんなに切り刻まれても、私は耐えられる。

「生まれ変わりだなんて認めないよ」
「え?」
「他の女?冗談じゃない。僕には、君しかいないって、何度言えば分かってくれるのかな?」

本当は分かってるって言ってあげた方が、彼の望みに近いのだろうが、私は譲らない。

「未来の楽しみが生きるのに大事だって言ったのは誰?」

死んだその先の未来にも、この人が私の傍で笑ってくれるという、妄想が、刻々と死に近づいている私に、立ち向かう勇気をくれるのだ。
奴は大きなため息をつく。
自分の主張を諦める時の癖なのは、もう見抜いてしまった。
私は最後の最後まで、奴との喧嘩に勝利し続けたかった。

「じゃあ僕の希望も聞いてくれるよね」
「私に出来ることなら」
「簡単だよ」

そう言うと、奴はぎゅっと手を強く握った。

「生きて。一日でも長く」