「ぼっちゃまはご存知なのですか?」

私は、頭痛を避けるために手だけ横に振って否定してみせた。
時計を見ると、間もなく迎えの車がくる時間だった。
今日、これから私はこの家と永遠のさよならをして、残り僅かな人生を病院で静かに暮らすことが決まっていた。

「山田さん」

私は、これで最後になるだろう、奴の綺麗な顔をそっと撫でた。

「こいつ、連れ帰ってくれませんか。邪魔で仕方が無いので」

顔を見て別れを言ってやろうかと思った。
あんたなんか嫌いだから別れたいと。
実際、時期が来たら……さよならを言うつもりでいた。
割り切ったつもりになっていた。
別れたら自殺する発言には、さすがに戸惑った。
でもそれ以上に困ったのは。
私が、自分から奴に「別れる」と言う事に対して、ためらいを覚えるようになってしまったこと。