「ねえ赤城(あかぎ)君、夏休みに私と一緒に旅に出ない?」

 唐突だった。

 あと二週間で中学校最後の夏休みになる梅雨も明けきれないとある日、隣の席の加賀(かが)さんから、いきなり旅に誘われた。確かに一学期の間、色々と話しをしたり、学校帰りが一緒になる事が時々あった位で、僕と加賀さんはそれ以上、特に親しいわけでもなかった。

 加賀さんはバレーボール部に所属していたからか、すらりとした体型に、亜麻色のさらりとした髪を後ろで一つにまとめている。そんな加賀さんの少しつり目な瞳が僕をじっと見ている。

 早く何か言えと無言で催促されている気がした。

「旅って……どこにだよ?」

 僕が他のクラスの奴らに聞こえない様に小さな声でそう返すと、加賀さんは少し考えている素振りを見せた。

「そうね……どこか遠い場所」

 考えている素振りをしていた割には、加賀さんの口から思わぬ答えが返ってきた。

「どこか遠い場所って……曖昧すぎるよ」

「あら、良いじゃない?目的地を決めずに電車に乗って、どこか遠くの知らない町で降りるの」

 笑いながら楽しそうにそう言う加賀さんは、何かを思いついた様な表情になった。そして、僕の顔を覗き込むように見つめると、また、ふふふっと笑っている。

「そうだ……折角の夏だもの、海を見たいわ」

 加賀さんの中で、僕が一緒に旅に出る事は決定しているのだろうか。僕はまだ返事すらしていないのに。そんな僕の胸中などお構い無しに、加賀さんは思いつくままに僕へと話し掛けてくる。

「話しの腰を折る様で悪いけど……僕は一言も行くとは言ってないよ」

 楽しそうに話している加賀さんに悪いけど、ここはしっかりと断りを入れていた方が良い。僕らはまだ中学三年生で子供である。二人で旅に出ると言うのは無茶があるし、そんなお金もない。それに遠くに行くなら日帰りで帰って来れるのか。

「大丈夫よ。まだ夏休みまで時間はあるし、それに中体連の大会が終わってから行くから。返事は今しなくても良いわよ」

「……分かったよ。いつまでに返事すれば良い?」

「そうねぇ。終業式までで良いわよ」

 そう言うと加賀さんはすっと席を立ち上がり、同じクラスのバレーボール部の友達の所へと行ってしまった。

 夏休みまでまだ二週間はあるし、僕も加賀さんも、中学最後の大会が控えている。特に加賀さんの所属しているバレーボール部は県内でも強豪である。また、最後の大会と言う事で、練習もハードになってきており、いつの間にか、こんな馬鹿げた話しも忘れてしまうだろう。多分、加賀さんはテレビか漫画か何かの影響を受けて、僕へ話しをしたんだろう。

 僕は一つ大きく背伸びをすると、教室の窓から外を見た。今週には梅雨明けをすると言っていたが、今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした厚い雲が空を覆っていた。