常務室の前、前回のことから……いや、前回の事がなくともここへノックして入るのは当然だな。伸ばした手の甲がドアに届く前に開いた。と、同時に誰かが飛び出してきた。

「わ」
「おっと」

彼女も、前を見ていなかったのか。

「す、すみません」
「いや、あ……また君か。申し訳ない」

彼女がここから出てくるのはごく自然な事であるのに、邪推してしまい、自分を戒めた。

「すみません! 室長、私、ご挨拶もまだで。えっと、秘書課の香坂と申します」
なぜか、彼女はその場で自己紹介を始めた。

「す、すみません、ずっとご挨拶しなければと思っていたものですから」そう言って。この前、俺に見られた事が恥ずかしかったのか、彼女は憔悴し、普段の落ち着いた様子とは別人だ。

ついには、手に持っていた書類をばら蒔いて、俺の手とぶつかって、それに更に慌てると、彼女の頭が俺の顎にぶつかる。結構な勢いだったもので、思わず声が出た。

「いっ」
「わぁ、も、申し訳ございません、だ、大丈夫ですか?」
彼女は俺の顔を近くで覗きこんだ。

「ふは、ははは!秘書課の香坂さん落ち着いた人だって聞いてたんだけどね、ずっとバタバタしてるね」

そう指摘すると、今度は真っ赤になった。

「ああ、ごめん、大丈夫。はい」

床に落ちっぱなしの書類……。氏名の羅列、普段なら気にしなかったかもしれない。だけど、自分の名前が記載されていては、つい目に止めてしまう。何が書いてあるのかを、無意識に読み取ってしまった。

俺の名前の下に小さな矢印が伸び、そこに“こいつだけは絶対にダメ”と、俊彦のものだろう、手書き文字。