今までだって、こんな事はよくあったのかもしれない。
 会社のエレベーターで香坂さんと一緒になった。友人の婚約者とあれば、これからプライベートでの付き合いもあるだろう、そんな親近感からか、以前より彼女が目に付くようになった。
 俊彦はここの常務であるし、それを差し引いてもモテる男だ。近々正式に発表されるとはいえ変に洩れない方がいい。

「常務室での事はね、他言しない。だけど、今後は気をつけた方がいい。ここは、会社だからね、自覚を持って」
「はい、申し訳ございません」
 
 大人っぽくみえても若年である彼女は浮かれても仕方がないのだが、念のため注意を。
 それが、恥ずかしかったのか、しおしおと謝罪を口にすると俯いてしまった。
 まずい。口煩いおじさんみたいじゃないか。小さな肩が泣いている様に見えて、慌ててフォローした。

「いや、責めてるわけじゃないよ、その、悪かったよ」
「え?」
「あ、何だ、泣かせたのかと」
「いいえ、私が自覚がなかっただけですから、泣きません」
「うん、さっきみたいに笑ったら年相応だね」
 さっき自然に笑った顔は、随分幼く見えた。
 俺を見上げる目は泣いてはいなかったが、黒目勝ちな潤んだ瞳はゆっくりと瞬きを繰り返し、俺を真っ直ぐに見ていてる。
 
……ああ、確かに……これは男が騒ぐのもわかる。こんなにじっと見られたんじゃ、困った。
「ほら、見すぎ」
「す、すみません」
ちょうどエレベーターが到着したおかげで、少しばかりほっとした。大人っぽい色気に、鈴が転がる可愛い声が印象的で……狭い空間では、少し……こちらを戸惑わせるのかもしれない。