あったのは一つの報告だけ。

「結婚することになった」
「……そうなのか、おめでとう」

彼も同い年で《《独身》》の一人だった。いや、むしろ似たような境遇の彼がまだ独身であることに安心していたのだと……その彼からの結婚報告は、少し複雑な想いを抱かせた。

「近々、婚約発表をしようと思う、カクテルパーティーくらいの軽いものだから、お前もパートナーがいるなら連れてこいよ」
「……まだ、そんな気になれない」
「……そうか」
ここの常務、俊彦はこの会社で俺の素性を知る数少ない一人だ。俺の出向の話も彼からの提案だ。

高等部からの旧友で、もちろん俺の過去も知っている。
「お前の方は、相手とは……」
“問題はないのか”と聞こうとしたが、祝いに水を差すようで、口をつぐんだ。俊彦はそれを察した様だが、気を悪くする素振りなど全くなく

「ま、《《見合い》》だからね」
と、笑った。気にすることなんてないほど、幸せなのだろう。そんな、笑顔だった。

……いや、相手はさっきの……彼女か。『俊くん』と呼んだ香坂さんを思い出し、はっとして俊彦の顔を見た。

「気づいたか? 我ながらうまくやってるだろ」

満足そうな俊彦に呆れた。まったく、あんな若い子かよ。時計を見ると、その彼女がここへ戻るだろう15分後になりかけていた。

「ま、おめでとう」
俊彦の肩に一度手を置いて、俺はその部屋を後にした。